関東大震災(1923)とは

カテゴリ: 災害教訓

読み: かんとうだいしんさい(1923)

 関東大震災とは、近代化したわが国の首都圏を襲った唯一の巨大地震で、被害の大きさ、社会的インパクトとも、比較を絶する地震災害であった。震災を引き起こした地震名は「1923年 関東地震」。1923(大正12)年9月1日11時58分32秒、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生、推定マグニチュード(M)7.9である。

 被害は南関東から東海地域に及ぶ広範な地域に及び、日本災害史上最大級の被害を与えた。死者10万5385名、全潰全焼流出家屋29万3387棟にのぼり、ライフラインにも甚大な被害が発生、流言による殺傷事件も生じるなど、ほかに参照すべき事例がない事象も多い大災害となった。

 関東大地震はプレート同士が接触面で一気にずれ動いて生じた地震で、震源域の近い地震に1703(元禄16)年の元禄地震(推定M8.2)がある。このような巨大地震の発生間隔は200~400年と推定される。震度7の地域は震源近くに分布し、震度6弱以上の地域は震源から離れていても利根川、荒川の流路に沿って分布する。
 相模湾周辺と房総半島の南端では最大高さ12m(熱海)、9m(館山)の津波が発生、関東南部、とくに神奈川県西部、千葉県房総地域で、地震やその直後の大雨により土砂災害が多数発生した。

 昼食時の地震で同時多発的に火災が発生、水道が断水し折りからの強風で火災は延焼した。火災被害では東京市の本所被服廠跡地の悲劇、火災旋風が知られる。横浜市でも市街地全域が焼失、石油タンクの火災は12日間続いた。

 関東大震災は当時の地震想定を超えた大災害だった。技術進歩への過信から災害への備えが軽視されていたため被害が拡大した。最初の3日間ほどは被害の大きさと通信の途絶から災害の全貌が把握できず、救護の不手際や流言による混乱が生じた。救護に利用できる施設が偏在し、一部は焼失したことも救護の遅れをもたらし、実際の救護活動では炊き出し、避難場所提供、労力奉仕などボランティア的な人びとの役割が大きかった。

 復興においては、後藤新平が主導する「帝都復興計画」が定められた。帝都復興の計画過程で当初の理想案が縮小されていくいっぽう、区画整理を中心とした復興計画の骨格が形成され、近代日本の都市空間形成の基礎をつくった。
 いっぽう避難民の移動でもたらされた郊外スプロールは、郊外鉄道の整備もあって急速な市街化が進展したが、その結果として密集木造市街地や不良住宅地区が拡大される面もあった。
 震災による経済被害は当時のGNPの3割以上に及んだが、復興過程における設備の更新効果と労働力の削減効果で急速な産業回復と産業構造の革新を果たし、京浜工業地帯の形成にもつながった。

 ちなみに、2013年9月1日は「関東大震災90周年」となる。

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