2001年芸予地震(2001)とは

カテゴリ: 災害教訓

読み: 2001ねん げいよじしん(2001)

 芸予地震(2001)とは、2001(平成13)年3月24日15時28分頃、安芸灘の深さ51kmを震源とするマグニチュード(M)6.7の地震を言う。気象庁はこの地震を「平成13年(2001年)芸予地震」と命名した。広島県では「安芸灘地震」とも呼んでいる。
 ちなみに「芸予」は、広島県(西部)と愛媛県のそれぞれの旧称「安芸」と「伊予」から来ており、地震はその間の瀬戸内海・安芸灘付近で発生したことから名が付いた。

 2001年芸予地震の最大震度は6弱(広島県河内町ほか)で、被害は死者2人(広島県・愛媛県で1名ずつ)、重軽傷者288人、全壊建物70棟、半壊建物774棟、一部損壊約4万9千棟などであったが、津波は発生しなかった。
 被害の特徴として、宅地の擁壁(崖や盛り土の側面が崩れ落ちるのを防ぐために築く壁)の被害が多発したことだ。たとえば、呉市などでの階段状の宅地における石垣崩壊による全壊被害の建物が多く発生した。また、降雨による二次災害防止のための避難勧告が呉市など5市町で発令され、呉市では最大217世帯507名が避難した。

 中国地方では2000年10月の「鳥取県西部地震」(M7.3)から5カ月後、瀬戸内海に面した地域としては1995年1月の「兵庫県南部地震」(M7.3=阪神・淡路大震災)から6年後の被害地震だった。
 芸予地震は規模としては同クラスだったが、鳥取県西部地震、兵庫県南部地震が震源の深さが20km前後の直下型地震だったのに対し、芸予地震はさらに深部のフィリピン海プレートの潜り込みに伴って発生したスラブ内地震であったため、揺れはやや緩和された。
 2001年芸予地震は、「西日本が地震活動期に入った」とする学説の根拠となった地震のひとつである。

 安芸灘付近では過去、1649年(M7.0)、1686年(M7.2)、1857年(M7.3)、1905年(M7.3)、1949年(M6.2)とマグニチュード7級の地震が5回発生しており、2001年芸予地震は6回目となる。これらを総称して「芸予地震」と言うこともある。
 また、1905年の地震(死者11人)も「芸予地震」と命名されていることから、2001年の地震との差別化のため、この2つの地震の呼称については、頭に年号を入れて呼ぶ。

 なお、安芸灘付近での直近の3地震は、ほぼ約50年周期で大地震を繰り返している。次の地震がいつ起こっても不思議はなく、芸予地震の教訓の風化は許されないところだ。

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