防災と災害情報のニュースメディア
  • 歴史

防災歳時記5月21日 島原大変肥後迷惑 山体崩壊のパワー

島原市の沖に浮かぶ九十九(つくも)島は眉山の山体崩壊が生んだ自然の造形(撮影: Atsasebo)

 今から221年前の1792年(寛政4年)の今日5月21日の夜、島原で2度の大きな火山性地震があり、雲仙普賢岳の隣にある眉山が山体崩壊して、3億4000立方メートルという巨大な土砂が有明海になだれ込んだ。

 

 島原から対岸の熊本までは直線距離で20キロ。フェリーで30分の距離だ。海になだれ込んだ土砂により発生した大津波は、対岸に反射しては島原と熊本を何度も襲った。

 

 島原と肥後合わせて、その死者 約1万5000人。この史上最悪の火山災害は『島原大変肥後迷惑』として今も語り継がれている。

 

 今では温泉もひかれ、島原の景勝地として観光名所になっている有明海に浮かぶ小さな島々「九十九(つくも)島」は、この時 海になだれ込んだ土砂が作った自然の造形だ。

 

 箱根の芦ノ湖も、磐梯山の五色沼も、北海道駒ケ岳の大沼・小沼も、実は山体崩壊によりできた景勝地。他に類をみない自然の造形美は、他に類をみない自然のパワーによってしか作られないことの証しとも言える。

 16日に内閣府の検討会は、富士山や桜島の大規模噴火に備えた広域避難計画を作成すべきなどとした提言をまとめた。

 

 富士山も、これまでに大規模な山体崩壊の歴史を持ち、現在も山体崩壊の危険性が危惧されている。

 

 静岡大学の小山真人教授によれば、富士山北東側で山体崩壊が発生した場合、その「岩屑(がんせつ)なだれ」は富士吉田市や大月市などの市街地を一気に飲み込んだあと、相模川沿いに河口の平塚市や茅ヶ崎市付近に向かい、最後は相模湾に達するらしい。

 

 その場合の被災人口はなんと約40万人。溶岩流や降灰による被害も恐ろしいが、山体崩壊がひとたび起きれば被害者はケタ違いに増える。

富士山北東側が山体崩壊を起こした場合、その被災人口は約40万人と見積もられている(撮影: Go Ikeda)

 おどかしてばかりでは後味が悪いから、最後にこぼれ話をひとつ。

 

 島原大変肥後迷惑は、九十九島の他にもうひとつ、島原の名物を生んだ。島原は巨大な山体崩壊で多くの田畑を失い、被災後食糧難に陥る。

 

 深江町の名主 六兵衛は、村民の窮状を救うべく、さつまいもの保存食を考えついた。切り干ししたさつまいもを粉にひき、熱湯でこねて「うどん状」にした料理を作り出す。

 

 その名も「六兵衛」。

 

黒褐色の麺が、煮干しだしの醤油味の汁で味付けされ、ネギなどを浮かべて食する。

 

 「六兵衛」は、島原の味として、その後も飢饉や戦争中などにも人々の飢えをしのぐために食べられ続け、現代にもその味を伝えている。

さつまいもで作られたうどんのような郷土料理「六兵衛」は、その後も人々の飢えをしのぐため食べられ続け、現代にその味を伝えている

 あなたにオススメの記事

メニュー