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防災歳時記6月7日イラク原子炉爆撃事件

1981年6月7日イスラエル空軍のF-16戦闘機8機がイラクで建設中だった原発の攻撃に向かった(撮影: nagillum)

 今から32年前の1981年の今日6月7日午後4時。イスラエル空軍のF-16戦闘機8機が護衛のF-15戦闘機6機を従えて、シナイ半島のエツィオン空軍基地を飛び立った。

 

 向かったのはイラク中部タムーズに建設中だった原子力発電所。ヨルダン及びサウジアラビアを領空侵犯したイスラエル空軍機は約1時間30分後にイラクの原発に到着し、16発の爆弾を投下した。

 

 当時イラクはイランと交戦状態にあったため、どこからの攻撃か分からなかったが、翌日イスラエル政府が「イスラエル国民の安全確保のため、イラクが核武装する前に先制攻撃をした」と発表した。

 

 国連安保理決議を経ないイスラエルの攻撃に世界の非難は集中し、「バビロン作戦」と命名されていたこの作戦は、のちに「スナップ・ショット」というスパイ小説の題材にもなった。

 しかしそれから10年後。

 

 湾岸戦争でイラクはスカッドミサイルを撃ち込み、米軍はパトリオットで迎撃した。しかしすべてを迎撃できたわけではなく、エルサレムは被弾した。

 

 だがイラクのスカッドミサイルには通常弾頭しか搭載されていなかった。

 

 この時、イスラエル政府は内心きっと「やはりバビロン作戦は正しかった」と再確認したに違いない。

 

 いや、イスラエルの行為を賞賛しようなどとは毛頭思っていない。

 

 5月29日付けの産経新聞によると、脱北した複数の元軍人が、北朝鮮は日本国内に特殊工作員600人を送り込み、原発に対して自爆テロを行なう計画が1970年代には立てられ、90年代には本格化していたと証言している、とのこと。

 

 「バビロン作戦」の例を見ても、朝鮮人民軍始め世界の軍事関係者にとって「敵国に対する原発攻撃は効果がある」というのは常識なのだろう。

 

 イスラエルは、原発稼働後の攻撃で「死の灰」を降らせることは人道的でないと判断したゆえに、非難を浴びても先制攻撃をしたと主張したが、彼の国はイスラエルよりことさら悪意に満ちており、「日本を人が住めない場所にしてやれ」とおっしゃっているらしい。

 

 古屋圭司・国家公安委員長は1日、自衛隊が初めて参加する原発へのテロ攻撃を想定した警察、海上保安庁との合同訓練を近く実施すると発表した。

10年後の湾岸戦争でイラクのスカッドミサイルに核弾頭は搭載されていなかった(撮影: flakeparadigm)

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