防災と災害情報のニュースメディア
  • 歴史

防災歳時記6月18日ユナ・ボマー事件と福島第一原発事故

FBIがユナ・ボマー事件の容疑者として公開した似顔絵

 今から16年前、1996年の今日6月18日に、米モンタナ州の山小屋で一人の男が約100人の捜査員と兵士により逮捕された。

 

 男の名前はセオドア・カジンスキー(当時54歳)。彼こそが17年間にわたり全米を震撼させていた連続爆弾魔「ユナ・ボマー」だった。

 

 彼が仕掛けたり、送りつけた爆弾により17年間に3人が死亡、29人以上が重軽傷を負った。

 

 カジンスキーは1942年イリノイ州で生まれた。小学校5年生でIQ167、16歳でハーバード大学に進学、25歳でカリフォルニア大学バークレー校の助教授に就任するという、天才的な数学者だった。

 

 しかしカジンスキーは27歳の時、大学の職を辞し、2年後にモンタナ州郊外に山小屋を作り、電気も水道も家族もない孤独な自給自足の生活を始めた。

 

 裁判で統合失調症と診断されたこともあり、司法取引に応じて「仮釈放なしの終身刑」が確定したため、現在でも彼が連続爆破事件を起こした真の動機は不明のまま。

 

 1995年にカジンスキーは犯行を中止する条件として、「産業社会とその未来」と題する自筆論文を新聞に載せる要求を出し、ニューヨークタイムスとワシントンポストは、この3万5000語に及ぶ論文を新聞に掲載した。

 

 彼の思想や犯行動機を知る手がかりは、今となってはこれだけだ。

 「産業社会とその未来」に書かれていることを一言で描写すれば、「産業革命以降のテクノロジーの進展はあまりに大きくなり過ぎ、人間は本当の自由を失った。それを取り戻すためにはテクノロジー社会を革命により崩壊させるしかない」ということだ。

 

 つまり彼が何を言いたいかというと、われわれは法律上でこそ「自由」を保障されているが、そんなものは本当の自由ではない。

 

 例えば「核汚染から身を守る自由」という当たり前の権利を叫んだところで、原発事故のリスクから自分を守る、という自由は、このテクノロジー社会で生きる限り個人の力ではどうにもならない、といった具合だ。

 

 まるで福島第一原発事故以降の日本における問題意識を先取りしているような内容だ。

 

 彼によれば、「ゆっくりと変化する大自然の中で生まれ、成人し、食物を得る方法を修得し、結婚し子どもを産み、そして年老いて死んでいく」、そんな生き方の中でしか人間は真の自由や、人生の充足感を得られない。

 

 このテクノロジー社会によって、われわれはちょっとがまんして、ちょっとした仕事さえすれば、なんとか食うに困らない。だから「生きていくこと」それ自体は、もう真の人生の目標たり得ない。

 

 目標のない人生は虚しい。だから現代人は代わりにいろいろな目標を設定する。

 

 出世するとか、研究にいそしむとか、大金を稼ぐとか…。でもそれらの目標はすべて「充足感を得ること自体が目標」だから、そんな代償物で人は本当の充足感を得ることはできない。

 

 仮に当初の目標を達成することができても、常に不満や虚無感がつきまとう。

 

 それこそが、現代社会の病理なのだと。

逮捕時のセオドア・カジンスキー

 百歩ゆずって、彼の問題意識に正しい部分があるとしても、彼の「方法論」は間違っている。

 

 なぜならテクノロジー社会を崩壊させる革命を起こすためには、それと同等か、もしくはそれ以上のテクノロジーが必要になると思われるから。

 

 なにせ、この話にはオチがある。

 

 昨年5月、卒業50周年を記念してハーバード大学1962年卒業生が同窓会を開催し、ネット上の「同窓会名簿」に卒業生の近況を記入するよう呼びかけた。

 

 なんとコロラド州フローレンス刑務所に収監されているカジンスキーも、その名簿に近況をちゃっかり書き込んでいたのだ。

 

「職業 囚人。賞罰 終身刑8回」

 

 不謹慎ながらも、ややユーモアは感じるが、テクノロジー社会を忌み嫌い、山小屋で25年間も孤独に暮らしていた男が、刑務所から「同窓会名簿」に近況を書き込むとは。

 

 それも現代テクノロジーの象徴たるインターネットを使って……。

ハーバード大学の同窓会名簿にはカジンスキーの近況も書き込まれていた(California Cthulhu (Will Hart) )

 あなたにオススメの記事

メニュー