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防災歳時記7月1日核実験と核不拡散と

1946年7月1日 ビキニ環礁付近での米国による一連の核実験の第1回目「エイブル」が投下された

 今から67年前、1946年の今日7月1日、南太平洋に浮かぶサンゴ礁の島々からなる国 マーシャル諸島のビキニ環礁近くで米国が「クロスロード作戦」と呼ばれる一連の核実験をスタートさせた。

 

 7月1日は、その第1回目、コードネーム「エイブル」と呼ばれる21キロトン級原子爆弾が戦略爆撃機B-29によって投下された。

 

 日本が太平洋戦争に敗戦した翌年の夏だった。一連のクロスロード作戦は、第2次世界大戦の敗戦国ドイツや日本から接収した艦船や米海軍の老朽艦を浮かべて、その破壊力を確認したり、動物による実験なども行われた。

 

 このエイブルには、約6キロの未臨界プルトニウムのコアが使われていたが、このコアは実験段階で2人の科学者の命を奪ったことから「デーモン・コア(悪魔のコア)」と呼ばれていた。

 

 

 このコアは、プルトニウムの球体の回りを、中性子を反射する炭化タングステンのブロックで少しづつ覆うことにより、ゆっくりと臨界に近づけることを狙っているが、万が一手が滑ってコアとブロックを近づけ過ぎたりすれば一瞬にして臨界に達してしまう。

 

 そしてある日、その「万が一」が起きてしまった。物理学者のハリー・ダリアンの手が滑り、ブロックをコアの上に落としてしまったのだ。

 

 彼はすぐにブロックをどけたそうだが、一瞬にして致死量を超える5.1シーベルトの放射線を浴び、25日後に死亡した。

 

 今でこそ、こんなずさんな実験はしないだろうが、先ごろのJ-PARCでの被ばく事故でも分かるように、核物質(含む加速装置による実験)の実験では、何かの手違いが発生すれば、一瞬で人命に関わる事故が起きかねない、というのは事実だ。

事故後に再現された実験の様子。プルトニウムの球体をブロックが囲んでいる

 そして7月25日に、実験の第2回目「ベーカー」が投下された。

 

 写真をよく見ると、水柱の中に米軍の戦艦「アーカンソー」が持ち上げられているのが分かる。

 

 まさに凄まじいばかりの破壊力だ。

 

 このベーカーの実験により、連合艦隊司令長官 山本五十六が乗っていた太平洋戦争開戦当初の連合艦隊の旗艦「長門」が沈没した。

 

 この「クロスロード作戦」以降も米国によるビキニ環礁近海での核兵器実験は続き、1954年の水爆実験では日本の「第5福竜丸」始め1000隻以上の漁船が「死の灰」を浴びるという被ばく事故が発生している。

 

 今でも水着に「ビキニ」というスタイルがある。これはフランス人のデザイナーが考案したものだが、エイブルの投下直後に、その大胆なセクシーさを原爆の破壊力に例えて命名・発表したとも言われている。

 

 「実話」だとすれば、いささか笑えない冗談だ。

1946年7月25日に投下された「ベーカー」。水柱の中に、その水圧で持ち上げられた米戦艦の姿が見える

 エイブルの実験から22年後の1968年の今日7月1日、アメリカやソ連など62カ国が核不拡散条約(NPT)に調印した。

 

 この条約は、1967年1月1日時点で「核兵器保有国」と定められた米・露・英・仏・中の5カ国を「核兵器国」、それ以外を「非核兵器国」と定め、以降「非核兵器国」は「核兵器を保有していはいけない」、「核兵器国」は「核兵器の削減交渉を行う義務がある」とする内容だ。

 

 これが当時の「現実的な妥協点」だったのだろうが、一目瞭然 誰が見ても立派な「不平等条約」である。

 

 だからインドもパキスタンも未加盟、北朝鮮は脱退している。

 

 いや北朝鮮の核開発は勘弁してほしいが、「核を持っているやつが、お前は核を捨てろって、そりゃ乱暴な議論だろ」っていう気持ちも分からないでもない。

 

 オバマ大統領も米ロ双方による一層の「核軍縮」を提案しているが、もうちょっと世界の国々が納得できる核廃絶の枠組みはないものだろうか。

 

 こうやって米国の核実験の歴史を見てくると、「自分はやりたいだけ核実験やっといて、後になって他の国は禁止って言われてもね…」と言う主張に、いささかの「道理」を感じてしまうほどに「説得力が弱い感」はぬぐえない。

 

 なんだか、ただの「早い者勝ち」の理屈に見えてしまって…。

第5福竜丸など1000隻以上の漁船が「死の灰」を浴びて被ばくした米国の「キャッスル作戦」による水爆実験

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