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防災歳時記7月11日史上最悪のトンネル事故

東名高速日本坂トンネル(撮影: HIRAOKA,Yasunobu)

 今から34年前、1979年(昭和54年)の今日7月11日の夕方、東名高速道路 日本坂トンネル下り車線で、乗用車2台と油脂を積んだトラックの4台の玉突き事故が発生した。

 

 日本坂トンネル事故。

 

 この事故で7人が死亡、2人が負傷した。

 

 しかしトンネル内で事故が起きていることは分からないから次から次へ後続の車がトンネルに入る。

 

 そして追突したトラックには油脂などの可燃物が積まれていたから、火災はあっと言う間に広がっていった。

 

 結局、173台の車が燃えるという大火災に発展し、東名高速道路は約1週間にわたって通行止めとなった。

 

 トンネル内には当時最新の消火設備が備えられていたが、火の勢いには勝てず、火災によりトンネル内の照明はすべて消え、全長2キロ強のトンネル内は真っ暗だったという。

 

 1週間後に対面交通でトンネルは「仮復旧」したが、国道1号線など迂回路は渋滞し、生鮮食料品などの値上がりが心配された。

 日本坂トンネルの事故でさえ、「流通不全」を起こしかねなかったわけで、もし富士山が噴火でもしたら、東西の「流通不全」は決定的になると言われている。

 

 富士山の南側斜面で噴火が始まり、大量の溶岩が噴出した場合、その溶岩は24時間から数日で富士市中央部を貫き、駿河湾に流れ込む可能性があるらしい。

 

 当然、その途中には東名高速と東海道新幹線が走っている。

 

 仮に中央高速で迂回が可能だったとしても、国内流通に与えるダメージは計り知れない。

 

 当サイトの連載「ハザード今昔物語」で知ったが、日本は平安時代にすでにその経験をしているそうだ。

 

 当時、「東海道」なるものは、現在の東名高速と同様に標高差のあまりない御殿場付近を走っていた。

 

 しかし富士山の噴火で、そのルートが使えなくなったため、あえて急勾配のある箱根経由の道を作った。

 

 当初はあくまで「仮設の道」だったが、再び富士山が噴火したため、結局「箱根経由」が「基本ルート」になったとのこと。

 

 「天下の険」があるには、それ相応の歴史と経験によってもたらされた理由があるらしい。

 

 だとすれば、われわれはここでも「歴史に学んでいない」のか。

富士山が噴火したら日本の流通は壊滅的ダメージを受ける(撮影: densetsunopanda)

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