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防災歳時記7月14日ひまわり1号の打ち上げ

この画像がないことには天気予報は始まらない/気象庁HPより

 今から36年前、1977年の今日7月14日、日本初の気象衛星「ひまわり1号」が打ち上げられた。

 

 宇宙から送られてくる雲の画像はテレビの天気番組等でもお馴染みであり、我々の生活には今や欠かせない存在だが、その基本情報すらあまり知られていないかもしれない。

 

 たとえば、ひまわりは今、いくつ宇宙に浮かんでいるか?

 

 数を聞く以上、1つでないことはお察しつくかもしれないが、では、それが何代目のひまわりか?と尋ねたら、もともと興味をお持ちの方以外、なかなか完璧には答えられないだろう。

 

 東経140度、赤道上空35,800kmの6号機。東経145度、赤道上空35,800kmの7号機。そう、2つの衛星ひまわりが浮かんでいる。

 

 この2つの衛星は、交互にカメラを稼働させながら、万が一、片方に故障があればもう片方が働くという相互バックアップシステムを採用し、特に異常のない7月14日現在は7号機が常時観測をしている(6号機はスタンバイ)。

 

 そもそも日本の技術があれば、バックアップは不要では…。と思いきや、突如、交信が途絶えたり、カメラが地球を捕捉できなくなったり、過去に数度のトラブルに見舞われている。

 

 6号機と7号機。2人っきりで宇宙で働かされていれば、人工衛星だって、少しはヘソも曲げたくなるのか。

 ひまわりには、なぜか擬人化したくなる、切ない話がついて回る。

 

 たとえば5号機から6号機へ移り変わるとき、ひまわりは予算の関係から従来のように純粋な気象衛星ではなくなった。気象庁だけではお金が回らなくなり、国交省の航空管制衛星と共同で打ち上げられている。

 

 正式名称を運輸多目的衛星1号(MTSAT-1)と言い、最初は1999年11月15日に打ち上げられた。

 

 しかし、このとき最大の悲劇が起きる。ひまわりを積んだロケットが打ち上げ後に制御不能となり、衛星もろとも爆破されてしまったのだ。正確に言えば、このときの衛星の名前は「みらい」に変更されており、ひまわりの悲劇ではないかもしれない。

 

 そして新たに運輸多目的衛星新1号(MTSAT-1R)と、少しだけ正式名称を変えたこの衛星は、愛称も再び「ひまわり」に戻し、種子島宇宙センターで打ち上げられることになるのだが、今度はその直前、ロケットを製造したアメリカの会社が倒産に見舞われるなど、またしてもトラブルに巻き込まれる。結局、宇宙に旅立ったのは、当初の予定から5年も後のことだった。

 

 三菱電機製の7号機は、大きなトラブルもなく、6号機から1年ほど遅れて飛び立ち、以来、順調に働いている。

 

 そういえば、宇宙で働いている2つの衛星で、トラブルに遭っているのはいつも6号機で、その都度7号機がフォローに回っている気が…。ワガママなアメリカ人に振り回される日本人?

 

 いやいや、相互に助けあって生きていくことの大切さを教えてくれているのだ。そうでなければ宇宙の塵と化した「みらい」の死も浮かばれないだろう。

6号機、7号機は平成27年頃までの運用予定だという/気象庁HPより

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