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防災歳時記8月9日細川内閣 増税は常に政権の「鬼門」

1993年(平成5年)細川護煕内閣が誕生した(首相官邸HPより引用)

 今から20年前、1993年(平成5年)の今日8月9日に「政界再編」が起きた。

 

 細川護煕を首班とする日本新党、新党さきがけ、新生党、社会党、公明党、民社党、社民連による連立政権が誕生し、「55年体制」と呼ばれる自民党の38年間にわたる政権支配に終止符が打たれた。

 

 日本の現代政治史における画期的な出来事だった。国民の期待は細川氏に集まった。

 

 しかし、日本政治史に燦然と輝くこの細川政権はたった1年も持たなかった。

 

 政権崩壊のきっかけは「税」。

 

 組閣後すぐに始まった「日米包括協議」で、米側は日本に内需拡大などを求め、細川首相(当時)は所得税減税を約束させられる。

 

 減税には財源が必要だ。しかし細川政権は「赤字国債を発行しない」ことが政権公約だった。

 

 小沢一郎氏率いる新生党は財源として消費税増税を求めたが、社会党は消費税増税絶対反対。

 

 追いつめられた細川首相は、苦肉の策で突如「国民福祉税構想」をぶち上げる。

 

 「3年後に消費税を廃止して、その代わりに7%の福祉目的税を導入する」というもの。

 

 しかしこの構想が政権内外で「総スカン」を食って、日米首脳会談は決裂、細川首相は求心力を急激に失い、最後は内閣総辞職に追い込まれた。

 

 

 議会制民主主義の国家において、「増税」の問題は常に政権の「鬼門」だ。

 

 細川内閣も発足当初は、今の安倍内閣と同様に、70%台という空前の支持率に支えられていた。

 

 そんな人気内閣でも、増税の問題は一歩間違えれば「政権の命取り」になる。

 

 安倍晋三首相は秋に消費税引き上げについて最終判断を下すとしている。

 

 安倍内閣の真価が問われる「決断の時」が刻一刻と近づいている。

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