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防災歳時記8月13日沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事故

CH53-Dが墜落した跡が残る沖縄国際大学1号館の壁

 今から9年前、2004年(平成16年)の今日8月13日、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学1号館の壁に米軍の輸送ヘリコプター「CH53-Dシースタリオン」が接触、墜落した。

 

 幸い学生や大学職員に人的被害はなく、ヘリの乗員3人も「負傷」で済んだ。

 

 しかし地元の人にとっては、この事故が「幸い」なわけがない。

 

 何しろ住宅地に上から軍用ヘリが降ってくるのだからたまったものじゃない。

 

 消火作業後、米軍が現場を封鎖し、警察から大学関係者までを立ち入り禁止にしたことも地元の感情を大いに損ねた。

 

 そして9年後、またもや米軍ヘリの墜落事故。

 

 約800万平方メートルの巨大なキャンプハンセン内での訓練中の事故と、住宅地に「ぽろっ」と落ちたのを同列に論じるのはいかがなものかとも思うが、地元の方にとってみれば「安全への脅威」という意味では同じことなのだろう。

 

 つくづく「悲しい構造」だと思う。

 

 かたや生命・安全を脅かされる地元住民と、他の国をわざわざ守りにきて目の敵にされる兵士。

 

 特に今回の事故の場合は、乗員に犠牲者が一人でている。

 

 「よそ様の国」を守るために訓練して命を落とした上に、「批判されるだけ」ではさすがに悲しすぎる。

 

 ましてや今回事故を起こした部隊は、東日本大震災の時に「トモダチ作戦」で被災地の救援活動を行なった部隊だ。

 

 政府も地元感情に配慮しつつも、そこは分かっている。

 

 菅義偉官房長官は7日の記者会見で、墜落事故に関する米側の情報提供について記者から質問されるも、質問に関係ないことを冒頭に無理矢理こう切り出した。

 

 

「今回のヘリの墜落事故によって乗務員1名の方がお亡くなりになりました。心から哀悼の意を表したいと考えています……」

 

 

 日本政府として、まずこれだけは言っておかなければいけないという気持ちだったのだろう。

 

 この問題の根本的な解決は難しい。良い知恵も残念ながら持ち合わせていない。

 

 今は亡くなった兵士のご冥福を祈ることしかできない。

 

 地元住民の命も、米軍兵士の命も、「命の重さ」にはきっと変わりないだろうから…。

キャンプハンセンで墜落した救難ヘリと同型機「HH-60 ペイブ・ホーク」

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