防災と災害情報のニュースメディア
  • 歴史

防災歳時記8月18日 我が国史上最悪の飛騨川バス転落事故

名古屋から約730名で向かったのは岐阜県の乗鞍岳/写真 veryblue123

 今から45年前、1968年の今日8月18日は我が国史上最悪のバス事故、「飛騨川バス転落事故」が起きた日である。

 

 岐阜県山中で観光バス2台が土石流に飲まれ、死者104名、生存者わずか3名という、史上稀に見る大事故となったこの悲劇はいかにして起きたのか――。

 

 そもそもこのバスツアーは、現代では考えられないような規模だった。

 

 名古屋の地元タウン誌が企画した「乗鞍(のりくら)雲上ファミリーパーティ」に参加したのは、同市内の家族を中心とした約730名。バス15台という大所帯で彼らが向かったのは、標高約3000mの乗鞍岳(岐阜県)である。

 

 当初の予定では、午後9時半に愛知県犬山市成田山へ集合し、バスで睡眠を取りながら、午前4時半に乗鞍スカイライン畳平でご来光を見学。その日の夕方に帰宅するスケジュールだった。当時のツアーとしてはごく定番のコースであり、バスの運転手による重大な過失が起きるような場所でもなかった。

 

 730名が乗ったバス15台は、予定より少し遅れて10時10分頃に犬山市を出発した。と、その直後から不吉な雨が降りだす。事前の天気予報では知らされていない、温帯低気圧の影響だった。

 

 実は出発前、日本には台風7号がやってきていた。その影響が大きければツアーは最初から中止されていただろう。

 

 しかし、台風は日本海を北上した後、勢力を落として温帯低気圧に変わっており、気象庁も夕方には大雨洪水雷雨注意報を解除していた。行き先の岐阜県では晴れ間も見えたという。

 

 そこで主催者もバスを出発させたのだが、その後、突如として寒冷前線が南下して温帯低気圧とぶつかり、岐阜県各地に積乱雲を多数発生させ、集中豪雨をもたらす。

 

 当時の通信事情では、これをリアルタイムで把握することは困難だった。

 

 後に事故現場となった付近の白川町三川小学校観測所では、17日午後11時から1時間に100ミリの雨量を記録。

 

 岐阜県内の山道に入ってから、ようやくこの豪雨と遭遇した一行は、休憩地点まで来たところで協議をし、結局、ツアーの続行を断念した。名古屋からやって来た道を引き返すことにしたのである。

 

 そのときの時刻、午前0時5分。悲劇への分岐点となった。

 

ご来光を拝んで帰るというごく普通のバスツアーであった/写真 phveryblue123

 バスツアーの一行が15台という大所帯だったのも災いしたのであろう。来た道を引き返す間に、豪雨のためいったん立ち止まる車や、それでも突き進むという車など、各車の判断がバラバラになり、マトモな連携は取れなくなっていた。

 

 そして午前2時30分過ぎ。ついに5、6号車に不幸が襲いかかる。道路脇の山が豪雨によって、山崩れを起こしたのだ。

 

 山腹の岩石と土砂が高さ100メートル、幅30メートルにわたって崩落。道路やガードレールを破壊し、5、6号車を巻き込んで飛騨川へ落ちていくのだった。

 

 山崩れの岩石や土砂を浴びせられながらも、ガードレールに運良く引っかかった7号車は、川の濁流に呑まれていく5、6号車の様子を確認できたという。

 

 最終的に、バス2台の乗員・乗客107名のうち助かったのはわずか3名。割れた窓ガラスから投げ出された運転手、添乗員、中学生が奇跡的に木に引っかかったのだった。

 

 今夏、山口県や秋田県などでは「経験したことのない大雨」に見舞われ、死者も出た。これからはいよいよ本格的な台風シーズンを迎えることになる。

 

 山は崩れはするけれど、その場からは逃げたりしない。夏休み最後のバスツアーや登山を予定している方は、くれぐれも無理なきように。

 

山間の岐阜県はもともと天気は変わりやすいが・・・/写真 aiiiiin

 あなたにオススメの記事

メニュー