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防災歳時記9月11日9.11同時テロとシリア内戦

9.11同時多発テロ事件(出典: 9/11 photos)

 今から12年前、2001年の今日9月11日。その日の光景を世界が忘れることはないだろう。

 

 9.11米同時多発テロ事件

 

 この事件をきっかけに世界は変わったと言われるが、何が変わったのか?

 

 事件後、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「対テロ戦争」として、アフガニスタンを攻撃し、9.11から2年後の2003年には、イラクのサダム・フセイン政権とイラク戦争を開始する。

 

 9.11テロが起きる1年前、イラクの隣国シリアでは、ハーフィズ・アル・アサド大統領が死去し、その息子のバシャール・アル・アサドが大統領の地位に就いていた。

 

 シリアは独裁政権で、バシャールは権力を世襲したわけだが、大統領就任当初は民主化路線を押し進め、政治犯を釈放したり、欧米との関係改善を目指しており、一時は「ダマスカスの春」とも呼ばれた。

 

 しかし隣国イラクの独裁政権であるフセイン政権が欧米の圧倒的な軍事力の前に崩壊した現実を目の当たりにしたアサド大統領は、民主化による政権転覆に危機感を感じたのか、急速に民主化と逆行する政策を取り始める。

 決定的だったのは、2010年から始まった「アラブの春」。

 

 民主的なデモにより、アラブ各国の長期独裁政権が崩壊していくさまは、アサド大統領には「悪夢」に感じただろう。

 

 「アラブの春」を欧米各国は歓迎してたが、この運動のそこかしこにアルカイダ始めイスラム原理主義者たちの影が見え隠れし、長期独裁政権が倒れた後には、イスラム系の政権が誕生する国もあった。

 

 それは、必ずしも欧米各国がイメージする「民主化」とは言い難い、「似て非なる現実」。

 

 危機感を強め、人権弾圧を強めるアサド政権に対し、2011年に反体制派の武装組織「自由シリア軍」が結成され、国内は完全に内戦状態になった。

 

 ロシアがアサド政権を支持する一方で、欧米諸国は反体制派を支持、さらにアルカイダ系組織「イラクとレバントのイスラム国」も8月28日に、アサド政権の化学兵器使用に対して、「火山のような報復」を予告しているという。

 

 ここまでくると、オバマ米大統領もアルカイダもともにアサド政権の化学兵器使用を非難するという奇妙な構図となる。

 

 思えばアルカイダの原型も、CIAなどにより1970年代末にソ連によるアフガニスタン侵攻を食い止めるために組織された。

 

 80年代にはビンラディンもCIAなどと共闘して、対ソ連戦の資金援助をしている。

 

 中東情勢は、「敵が味方に、味方が敵に」と「不可解な輪廻」が巡りめぐって混迷の度を次第に増しているかに見える。

 

 少なくとも明確なことは、9.11テロでは約3000人が犠牲になったが、それによって生まれた輪廻の波紋が12年間 巡りめぐって、シリア内戦では、すでに犠牲者が11万人を超えたという事実。

シリアの内戦ではすでに11万人を超える命が犠牲になっている

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