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防災歳時記9月12日東西に分断された国家の苦難

ベルリンの壁によじ登る東西ベルリン市民(1989年11月10日 出典:Lear 21)

 今から23年前、1990年の今日9月12日、「ドイツに関する再統一条約」が調印された。

 

 ドイツは、日本と同じく第二次世界大戦で連合国に敗北した『敗戦国』だったが、2つの国家の『戦後の道のり』は対照的だった。

 

 最も大きな違いは、日本は「領土が分割されなかった」こと。

 

 もちろん北方領土などの問題は残されたが、それでも東西両ドイツにベルリンの壁で分断されたのに比べれば幸運だったと言わざるを得ない。

 

 そして日本は軍部指導者が極東軍事裁判にかけられるなど、「軍事独裁国家」とのそしりも受けたが、それでも「ナチス・ドイツ」に対するのとは、国際社会の扱いは一線を画していた。

 

 国家というのは、政権や政治体制が変わっても、その国としてある限り、主権と歴史は引き継がれていく。

 

 日本は、日本国憲法を定めさせられたりと占領国政策を甘受したが、戦後の選挙で選ばれた政権は正当なものとして認められたし、終戦から6年後の1951年にはサンフランシスコ講和条約で連合国との戦争状態が正式に終了し、独立国家として国際社会から承認された。

 しかし東西に分断されたドイツは、23年前の今日まで、ナチス・ドイツという負の歴史も含めて、その脈々と続く国家としての正式な権利を認められてこなかった。

 

 この日に調印された「ドイツに関する最終規定条約」とは、なんと終戦から45年を経て、再統一目前のドイツ(旧西ドイツ)と連合国の間で結ばれた「第二次世界大戦の平和条約」だったのだ。

 

 そしてドイツは統一を果たした。(実態は西ドイツによる東ドイツの吸収合併だったが)

 

 それから23年。この数年こそドイツ経済は堅調に推移しているが、それまでの約20年間は、経済格差の激しかった旧東ドイツ地域への支援コストや失業者の増大により、経済は長期低迷していた。

 

 一時は世論調査で2〜3割の人が、「ドイツは統一しない方が良かった」と回答するような時代もあった。

 

 「民族の統一」は素晴らしいが、経済格差の激しい国家が一緒になることは、極端な経済・財政リスクに直面することも意味する。

 

 東側諸国の優等生と言われた東ドイツですら、経済復活までに20年。

 

 現在の韓国と北朝鮮の経済格差は当時の東西両ドイツの比ではない。

 

 「朝鮮半島の統一」が民族の悲願であるとするなら、これ以上両国の経済格差が開かないうちに統一を達成することが、両国民の未来にとっても、アジア・極東地域の平和と繁栄のためにも望ましいことなのだろうが…。

韓国・北朝鮮の現在の経済格差は、1990年ごろの東西両ドイツの比ではない(撮影: yeowatzup)

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