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防災歳時記9月21日 台風は9月に牙をむく 戦前の大災害・室戸台風

   「台風の季節」と聞くと、何月を思い浮かべるだろうか。


   夏真っ盛りの8月? 確かに発生数で言えば、例年最も多いのは8月だ。


   しかし、大きな被害をもたらすという面では、圧倒的に9月が多い。


   例えば、死者・行方不明者5000人超という未曾有の被害を出した「伊勢湾台風」は1959年9月26日に和歌山県潮岬に上陸。先週小欄で取り上げた「カスリーン台風」は9月15日に関東を襲った。2年前の9月3日に高知県東部に上陸し、奈良、和歌山県境で大規模な土砂崩れを発生させた台風12号は記憶に新しい人も多いだろう。

   そして、79年前の1934(昭和9)年の今日9月21日も、"9月の台風"が牙をむいた。枕崎台風(1945年)、伊勢湾台風と並んで「昭和の三大台風」と称される「室戸台風」が午前5時ごろ、四国は高知県室戸岬に上陸したのだ。

 

   上陸直前の室戸台風の中心気圧は911.6ヘクトパスカル。台風の正式な統計が始まったのが1951年であるため参考扱いだが、これは本州に上陸した台風の中心気圧の最低記録として、いまだに破られていない。

 

   室戸台風は約3時間で四国を駆け抜け、神戸と大阪の間に再上陸する。

 

   最大瞬間風速60メートルという走行中のトラックを横転させるほどの猛烈な風に、満潮後の高い潮位が重なり、大阪湾では4メートルを超える高潮が発生。海水は海岸から4キロも内陸に達し、大阪城付近も水に浸かったという。


   時に「関西大水害」と呼ばれるこの台風が何より悲惨だったのは、平日の朝、登校時間にぶつかったことだ。


   当時、幼稚園や小学校はほとんどが木造校舎。強風に一瞬で崩れ落ちた校舎も少なくなく、ちょうど始業時刻で集まっていた児童生徒が被害にあった。


   ある小学校では、20代の女性教諭が2人、子供たちを抱きしめたまま校舎の下敷きとなり、亡くなった。奇跡的に子供たちはかすり傷ですんだという。また、ある女学校では、崩れた校舎に閉じ込められた女生徒7人が身を寄せ、賛美歌を歌い続けて救助を待った。濁流に飲まれた男児を引っ張り上げて助けた高等科の生徒の逸話も残っている。


   学校で犠牲になった子供や教職員は、大阪府内だけでも694人。この数字を聞くだけでも、全体の死者・行方不明者3036人のうち、いかに学校での被害が多かったか想像に難くない。


   犠牲を悼むため、台風から2年後、大阪城公園に慰霊碑「教育塔」が建立された。   

 

   時が経ち、当時の体験を語れる人はもうそうそういない。教育塔の由来も、知る人はずいぶん減ってしまったかもしれない。それでも、足を止めて塔を見上げると、正面のレリーフには、叩きつけるような雨風、そして子供たちを必死で守ろうとする先生の姿がくっきりと描かれている。

 

 

強風は気象庁の大阪測候所も吹き飛ばした(出典:気象庁)

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