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防災歳時記10月4日北方領土は地震の巣窟

荒涼として物悲しい現在の色丹島の景色(ENGLISH RUSSIAより)

 今から19年前、1994年(平成6年)の今日10月4日、北海道釧路市と厚岸町を震度6の地震が襲った。

 

 北海道東方沖地震。

 

 M8.2のその地震により、負傷者437人、住宅全壊61戸の被害が出た。

 

 しかし最も被害が甚大だったのは、震源地に近い北方領土・択捉島。

 

 島を津波が襲い、11人の死者・行方不明者を出し、1万人近くがロシア本土への移住を余儀なくされたという。

 

 隣りの色丹島も、この地震の結果、人口が流出し、産業が衰退の一途をたどっている。

 

 その色丹島の荒涼とした現在の様子は「防災歳時記6月4日色丹島沖地震と北方領土問題」で既報のとおり。その一部を抜粋すれば…

 

 

 「先住民によれば島が1.5メートルも沈下した1994年の北海道東方沖地震をみんな忘れていない。島民の多くは、今もいろいろな予言に怯えて暮らしている…。

 

 

 この海域には、M8.1前後の規模の択捉島沖とM7.8前後の規模の色丹島沖、さらにはM7.9前後の規模の根室沖、M8.1前後の規模の十勝沖と、海溝型地震の巣窟が一直線に並んでいる。

 

 地震調査研究本部によれば、特に択捉島沖と色丹島沖は30年以内に地震が発生する確率が60%〜70%。

 

 北方領土を返還してほしいのはもちろんだが、返還されたあかつきには、巨大地震も、もれなく付いてくるということもお忘れなく。

 

 ちなみに北方領土の先、カムチャッカ半島近海は火山活動も活発で、さらなる地震多発地帯。

 

 1日にもM6.3の地震が発生している。

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