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防災歳時記10月8日できの悪いノーベル賞物理学者

ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大学特別栄誉教授

 今から11年前、2002年の今日10月8日、一人の日本人物理学者にノーベル物理学賞受賞が決定した。

 

 小柴昌俊東京大学特別栄誉教授

 

 小柴氏は、旧制高校時代、「小柴は成績が悪いから、東大へ進学してもインド哲学科くらいしか入れない」と教師たちがこぼしているのを立ち聞きして、猛勉強して東大物理学科へ入学したという。

 

 本人も「東大物理学科をビリで卒業した落ちこぼれ」と自称し、東大卒業時の通信簿を公開したこともあるが、実際、16教科のうち「優」は2つだけだった。

 

 海外での研究生活が長かったが、1962年(昭和37年)に日本に戻り、1979年に「カミオカンデ」の建設を開始する。

 

 カミオカンデは岐阜県・神岡鉱山跡の地下1000メートルに3000トンの超純水を蓄え、その壁面には1000本の光電子増倍管が敷きつめられていた。

 この観測装置は、ニュートリノという素粒子を捉えようとしていた。

 

 小柴氏らは、物理学の「大統一理論」が予言する「陽子崩壊」を実証するため、陽子崩壊の際に生じるニュートリノを捉えようと試みていたのだ。

 

 ニュートリノは光速に近い速さで、質量は限りなくゼロに近く、地球ですら簡単に突き抜けてしまう。

 

 鉱山跡という地下深くに作ったのは、他の粒子の影響を受けないため。

 

 そしてニュートリノはあらゆる物質をすり抜けるが、ごくまれに衝突することもある。

 

 だから水の電子にニュートリノがぶつかった際に発生するであろうチェレンコフ光と呼ばれる光を壁面の光電子増倍管で捉えようというのだ。

 

 しかし、なかなか「陽子崩壊」の証拠はつかめない。というか現在もつかめていない。

カミオカンデの後継観測装置スーパーカミオカンデ(東大宇宙線研究所 岐阜県飛騨市神岡町)

 だがそんなある日、奇跡とも言える偶然が起きた。

 

 1987年2月23日。「陽子崩壊」とは異なるニュートリノ11個がカミオカンデで検出された。

 

 それは遠く大マゼラン星雲内で16万年前に起きたSN1987Aという超新星爆発による「ニュートリノバースト」だった。

 

 カミオカンデがニュートリノを検出したのは、可視光線で超新星爆発が観測される3時間前。

 

 「ニュートリノ天文学」という新たな学問の分野が生まれた瞬間だった。

 

 今や、カミオカンデの後継観測装置「スーパーカミオカンデ」がニュートリノを検知し、飛来した方向を特定すると、世界中の超新星爆発を観測する天文台の望遠鏡が、一斉にその方向を向く。

 

 小柴昌俊氏は、この功績により2002年にノーベル物理学賞を受賞する。

 

 「偶然のたまもの」だって? いや、小柴大先生はこう言っている。

 

 

 「運がいいなんてありえない。チャンスは周到な準備をした者だけにやってくる」

カミオカンデが発見した大マゼラン星雲の超新星爆発SN1987A(出典: NASA)

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