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防災歳時記10月9日オリンピックとテロ

1983年10月9日 当時の全斗煥韓国大統領暗殺計画が実行に移された

 平和の祭典「オリンピック」。

 

 しかし、そんなキャッチフレーズと裏腹にオリンピックが政治利用されたり、惨劇の舞台となることもある。

 

 例えば1972年のミュンヘンオリンピックでの、パレスチナ武装組織による、イスラエル人選手11人を殺害したテロ事件は、「平和の祭典」を血で汚した惨劇として、世界中に悲しい記憶を残している。

 

 そして今から30年前、1983年の今日10月9日にも、オリンピックがらみの惨劇が起きた。

 

 当時、1988年のソウルオリンピック開催を目指していた韓国は、2020年の東京招致を目指した日本がそうしたように、世界各国への招致活動を続けていた。

 

 そしてその説得外交の相手先には、北朝鮮と親密な、いわゆる「非同盟中立諸国」も多く含まれていた。

 

 「このままでは北朝鮮の国際的孤立を招きかねない」

 

 当時の北朝鮮最高指導者 金日成主席は、韓国の招致外交が、「北朝鮮包囲網」に見えたのだろう。

 

 当時の全斗煥韓国大統領の暗殺計画が立案された。

 場所は全斗煥大統領の外遊先、ビルマ(現ミャンマー)のラングーン。

 

 外国賓客がビルマ訪問の際には、あのアウンサンスーチー氏の父親にして、ビルマ建国の父 故アウンサン将軍を祀るアウンサン廟をまず訪れるのが慣例になっていた。

 

 そして10月8日にビルマに到着した大統領一行は、慣例にしたがい翌9日にアウンサン廟に向かう。

 

 北朝鮮 朝鮮人民軍のテロ実行犯3人は、大統領より一歩先に到着した韓国の駐ビルマ大使らの車列を大統領と間違え、爆破。

 

 全斗煥大統領は無事だったが、韓国副首相、外務部長官ら韓国閣僚4人を含む21人が死亡、47人が負傷した。

 

 「建国の父」の墓所を血で汚したことに激怒したビルマは北朝鮮と国交を断絶、アウンサン廟も長い間閉鎖されていた。

 

 そんなアウンサン廟が再び一般公開されたのは、何と今年6月1日。実に30年の月日が流れていた。

 

 そして当事者である韓国でも、昨年12月に韓国の女子大生に対し、「ラングーン事件を知っていますか?」というアンケートをとったところ、なんと女子大生の9割が「知らない」と答えたと朝鮮日報が伝えている。

 

「オリンピックとは言え、スポーツ大会に何でそこまで…」

 

 と思えるが、見る国から見れば、「琴線に触れる」こともあると言うのが歴史の現実。

 

 韓国ではすでに、「忘れられた事件」になったとしても、2020年に東京大会を控えた日本としては、オリンピック招致が他国の「恨み」や「そねみ」を買ったり、テロや陰謀の舞台となったという歴史の現実を忘れてはならない。

安倍首相は今年5月末にミャンマーを訪問し、一般公開されるより一足早く、アウンサン廟(殉難者廟)を墓参した(出典: 首相官邸HP)

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