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防災歳時記10月13日 チリ鉱山落盤事故 The33の奇跡

コピアポ鉱山/wikipediaより

 今から3年前、2010年の今日10月13日、チリのコピアポ鉱山落盤事故で地下約600メートルに69日間も閉じ込められていた鉱夫たちが、奇跡の生還を果たした。

 

 33人もの男たちが過ごした地中はいかなる環境だったのか。彼らは約2カ月もの長期間、いかにして乗り切ったのか――。

 

 銅やリチウムなどの鉱山大国として知られるチリは、一方で採掘現場の安全確保が問題になっており、前年の2009年にも約19万件の事故が発生、同国内では443人もの鉱夫たちが命を落としていた。

 

 コピアポ鉱山もまた安全性の観点から労働監督局に閉山の決定を受けていたが、なし崩し的に操業は再開され、いつ事故が起きても仕方がない、そんな状況下であった。

 

 そして2010年8月5日、コピアポ鉱山の地下460メートルで落盤事故が発生した。33人の鉱夫たちは作業場の坑道奥に閉じ込められ、続けざまに8日にも地下510メートルで落盤が発生。坑道は闇に包まれ、残された男たちの生存は絶望視された。

 

 事故から18日目の22日、地上の救助隊が地下700メートルまで掘った直径8センチのドリルを引き上げたところ、その先端に手紙が付けられていた。

 

「我々33人は待機所で無事である」

 

 生きている――。鉱夫たちの安全が確認されると、にわかに事態が動き始めた。

 

 救助隊が直径10センチとなった穴にファイバースコープをさしこみ、鉱夫たちの顔を確認。さらに翌23日には音声通話にも成功し、現地を訪れていた家族たちに大統領が彼らの生存を伝えると周囲は歓声に包まれ、その歓喜は首都サンティアゴにまで伝播し、チリ国民たちは国をあげて祝った。

 

 事故から2週間あまり、33人はいかにして生き続けたか。

 

 食料は、48時間に一口のマグロ缶詰、牛乳一口、ビスケット1枚のみ。生活空間は50平方メートルの避難所だから、2LDKのマンションぐらいであろうか。33人が暮らすには決して広いとは言えない。

 

 しかし、その避難所には長さ1.8キロの坑道がつながっていたため、坑道の奥に排せつ物を廃棄するなどして、何とか暮らしていくことはできた。

 

 光源は、トラックのバッテリーを使ったヘッドライトだけだったが、何より大変だったのは生き続けていくための「希望の光」だったという。

 

 チームリーダー、サブリーダー、医師役、牧師役、地上に映像を送るビデオカメラマンなど。

 

 役割分担を進めながら、地中での決定事項を民主主義で決めた彼らは、待機所で誰かが死んだ場合「その肉を食べること」も本気で論議したという。地上の我々には想像もつかない過酷な世界だ。

 

 33人は地上へ出た後、次のように述べている。

 

「救出されると分かった時、中で起きたことは決して口外しないと全員で誓った」

 

「鉱山で起きたことは鉱山に置いてきた」

 

 一見、事故のことを忘れようとする発言にも思えるが、33人の鉱夫たちは地上にあがると会計士を雇い、書籍化や映画化に向けての窓口を一本化しているという。利権をきちんと分配するためのようだ。

 

 このようなタフなメンタルだから生き残れたのか。過酷な地中で暮らしているうちにメンタルのタフさを身につけたのか。

 

 映画『The33』の主役にはアントニオ・バンデラスが決まっているという(映画.com)。

地下の鉱夫たちへ物資を送るためのチューブ/wikipediaより

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