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防災歳時記10月16日 硯箱から汚染水処理まで

からくり儀右衛門こと田中久重(1799 - 1881)

 今から214年前、江戸末期の寛政11年(1799年)の今日10月16日(旧暦9月18日)、現在の福岡県久留米市のべっ甲細工師に一人の男の子が生まれた。

 

 男の子が9歳の時。

 

「これ開けてみ?」

 

 自分で作った硯箱(すずりばこ)を寺子屋の友だちに開けさせてみたが、誰も開けられない。

 

 その硯箱にはさまざまな細工が施されており、大人でも開けられなかった。

 

 男の子は長じて「からくり儀右衛門」と称され、20代で「弓曵き人形」、「文字書き人形」など「からくり人形」の最高傑作を生み出し、人気を博するようになる。

 

 さらに圧縮空気で灯油を補給する「いつまでも消えない明かり 無尽灯」を作るなど、その発明の才能と好奇心はとどまる所を知らない。

 そんな、からくり儀右衛門こと田中久重は、今度は西洋時計に魅せられ、天文学を学ぶために平安時代の陰陽師安倍晴明の血統を引く土御門家に入門、50歳も過ぎてから、「万年自鳴鐘」を完成させる。

 

 この「万年自鳴鐘」は、いわば「万年時計」。

 

 だが、ただの「万年時計」ではない。

 

 京都から見た年間の太陽と月の動きを模型で示す天象儀、和時計・西洋時計、二十四節気表示、曜日表示、十干十二支、月齢などの表示が2つのゼンマイですべて連動する超多機能機械式置時計だ。

 

 1000点を超える部品は、ほとんどが田中久重の手作りで、2005年の「愛・地球博」に「万年自鳴鐘」のレプリカが出品されたが、オリジナルの分析・復元作業にはセイコーなどの技術者100人が携わったほどの精巧さ。

2005年の「愛・地球博」で復元が試みられた万年時計「万年自鳴鐘」

 その後、国防技術から生活技術まで、さまざまなものを発明し続けた田中久重は、明治になって東京銀座に、工場兼店舗を構える。

 

 その店舗のかたわらには、こんな看板が掲げられた。

 

 

万般の機械考案の依頼に応ず

 

 

 それが現在の「東芝」の創業。

 

 今月10日、経産省が公募した東京電力福島第一原発の汚染水処理のための「高性能多核種除去設備」を実際に建設する事業者として、東電・東芝・日立の共同提案が採用された。

 

 この公募には、「汚染水処理の過程で排出される放射性廃棄物の量を現在のものより80%以上削減できる」などのハードルの高い技術要件が示されていた。

 

 まさに「万般の機械考案の依頼に応ず」だ。

 

 しかし現在、たびたびトラブルが続いている福島第一原発で稼働中の汚染水処理設備「ALPS」も実は東芝製。

 

 現行装置に何回も不具合が出ているのに、本当に東芝で大丈夫か?

 

 だが、田中久重翁はこうも言っている。

 

 

知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである

福島第一原発の汚染水処理設備として稼働している東芝製多核種除去装置「ALPS」(出典: 東京電力)

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