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防災歳時記10月23日新潟県中越地震 災害から守るべきもの

新潟県中越地震直後の山古志村(出典: 山古志オフィシャルサイト)

 今から9年前、2004年(平成16年)の今日10月23日、午後6時前、新潟県中越地方をM6.8の直下型地震が襲った。

 

 新潟県中越地震。

 

 最大震度は7。死者68人、負傷者4800人あまり。

 

 3000戸以上の住宅が全壊し、各所で土砂崩れが発生し、上越新幹線も脱線した。

 

 そうした中、メディアに注目されたのは、山あいの小さな村落「山古志(やまこし)村」だった。

 

 錦鯉の養殖と闘牛が盛んで、棚田など「日本の原風景が残る村」と言われていた山古志村は、至る所で土砂崩れが発生し、すべての道路が寸断されて外界と完全に隔絶された。

 

 最近は、台風26号の際に伊豆大島で「避難指示」が出されなかったことが問題になっているが、新潟県中越地震の際には、当時の長島忠美村長(現衆院議員)が、2200人の住民に対し、震災翌日には「全村避難」の指示を決定する。

 いったん「村を捨てる」という苦渋の決断。

 

 さらに長島村長は、「村の象徴」とも言うべき牛1100頭もヘリで避難させることも決断、ヘリで空輸される牛の映像が当時のテレビでニュースとして連日流されていた。

 

 人々が「いったん捨てた村」に戻ってきたのは、それから3年2ヶ月後。

 

 その時には、かつての山古志村は、長岡市に編入合併されていた。

 

 現在の長岡市山古志地域は、かつての人口の半分近くまで過疎化が進んでいるが、「牛の避難」のおかげもあり、闘牛も錦鯉も棚田も残り、「日本の原風景を残す場所」としてその美しさを今に伝えている。

 

 山古志村のホームページはないが、「山古志地域」の現在や歴史を伝える公式ホームページはあり、そのタイトルにはこう書かれている。

 

 

私たちには変わらない心がある。

 

 

 災害の時に守るべきものは何か?

 

 『命や財産』はもちろんの事だが、旧山古志村の9年間を振り返れば、『守るべきはそれだけではない』と、思い致される。

長岡市山古志地域は今も「日本の原風景を残す場所」としてその美しさを今に伝えている(山古志オフィシャルホームページより引用)

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