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防災歳時記11月1日 歴史の歯車を動かした大地震

フランスの思想家ヴォルテール(1694年 - 1778年 カルナヴァレ博物館所蔵)

 いまどきは10月31日「ハロウィン」の方が賑やかだが、本来カトリックの祭日「万聖節」は翌日の11月1日。

 

 そして今から258年前、1755年の今日11月1日、ポルトガルの首都リスボンを巨大な地震が襲い、ポルトガル国内で10万人とも言われる未曾有の犠牲者を出した。

 

 リスボン地震。

 

 この地震は、単に歴史的大災害というだけでなく、「近世」から「近代」へと大きく歴史が動く原動力でもあった。

 

 時は「啓蒙思想」の時代。

 

 人間の理性や科学的思考に目が向けられ始めた時代でもあった。

 

 「神のみこころのままに作られた最善の世界」といった旧来の価値観とせめぎあっていた啓蒙主義者たちにリスボン地震は、「最後の一撃」ともいえる衝撃を与えた。

 

 フランスの哲学者ヴォルテールにリスボン地震はこう映った。

 

災害によって10万人以上の命が奪われたのだから神が慈悲深いわけがない

 

 この衝撃は、ヴォルテールの中で、その後、人間の理性への信頼(神への盲信からの脱却)と自由思想へと昇華されていく。

 

 一方で、ルソーは、この災害を「人災」と感じ、都市に住むことの問題を指摘して、「自然回帰」的な思想へ向かった。

 歴史の歯車が動いたのは、思想や哲学の分野だけではなかった。

 

 当時のポルトガルの宰相はセバスチャン・デ・カルバーリョ(後のポンバル侯爵)は啓蒙主義的な能吏だった。

 

 震災直後、おそれおののく国王を尻目に、ポンバル侯爵は「さあ死者を埋葬して生存者の手当てをするんだ」と命じた。

 

 ポンバル侯爵は、大きな広場と直線的な広い道からなる新しいリスボンの都市計画を実行に移すとともに、「ポンバル様式」と呼ばれる建築様式を作った。

 

 これは、まず木製の小さな模型を作り、その周辺を兵士に行進させて地響き(つまり人工地震)を立てさせ、「耐震性」を確認した。

 

 つまり史上初の「耐震設計建築」だ。

 

 さらにポンバル侯爵は、国内のすべての教区に質問状を送り、地震について回答を求めた。

 

 

 

 地震の揺れの長さは?

 

 揺れに特定の方向はあったか?

 

 余震は何回あったか?

 

 ……などなど。つまり「地震学の誕生」である。

 

 

 大災害は時として、社会や人間の知識を進歩させる原動力にもなりうる。

 

 東日本大震災は悲惨な大災害だったが、あれから2年半以上が過ぎた。

 

 現在の日本は、震災を教訓に、「何がしかの進歩」を勝ち得ることができたのだろうか。

ポンバル侯爵=セバスティアン・デ・カルバーリョ(1699年 - 1782年)

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