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防災歳時記11月10日 ベルリンの壁崩壊ともう一つのヘイ・ジュード

   元ビートルズのポール・マッカートニーが9日、11年ぶりのツアーのために来日した。


   誰もが耳にしたことのあるビートルズの名曲の数々。今なお世界中で多くのファンを魅了する、彼らの存在は「20世紀の象徴」と言っても過言ではないだろう。


   しかし、その代表曲の一つである「ヘイ・ジュード」に、チェコ語で歌われた"カバー曲"があったことを知っているだろうか。


   今から24年前の1989年の今日11月10日、冷戦の象徴とされた「ベルリンの壁」にハンマーが打ち下ろされた。いわゆる「ベルリンの壁崩壊」だ。


   前日に東ドイツ政府が「出国規制の緩和」を発表したことをきっかけに、「旅行の自由化」と勘違いした市民が国境検問所に殺到して始まったこの事件は、周辺の共産党政権にも大きな影響を与え、東欧の民主化につながっていく。

 

   そのうちの一つ、チェコスロバキアで、プラハの大学生を中心とする反体制派の人々によって歌われたのがチェコ版「ヘイ・ジュード」だった。

 

   カバー曲を作ったのは、1960年代に活躍した人気歌手マルタ・クビショバ。

 

   彼女は、1968年に芸術と言論の自由を謳った「プラハの春」の影響拡大を恐れ、ソ連が突如としてチェコに侵攻、自由を抑圧した暗黒時代に、ラジオから流れるビートルズの「ヘイ・ジュード」を密かに聞き、祖国を励ますための歌としてアルバムに収録した。

   アルバムは空前のヒットとなるが、ビートルズそのものが反社会主義的と目されていた当時、マルタは当然、当局ににらまれ、出頭を命じられて尋問を受けた。さらに、一切の音楽活動を禁じられ、すべてのレコードも廃棄命令が出されてしまう。

 

   しかし、それから20年後、再び自由を求めて民衆が立ち上がった時、地下からビニールで厳重に密閉されたマルタの「ヘイ・ジュード」のレコードが掘り返された。マルタの思いは密かに受け継がれ、長い時を経て革命のシンボルとなったのである。

 

   マルタの「ヘイ・ジュード」の歌詞を以下に記そう。
オリジナルはジョン・レノンの前妻の息子を歌ったものだが、マルタは「ジュード」をチェコの少女に置き換えている。

ねぇ ジュード 

涙があなたをどう変えたの
目がヒリヒリ 涙があなたを冷えさせる
私があなたに贈れるものは少ないけど

あなたは私たちに歌ってくれる
いつもあなたと共にある歌を  

 

ねぇ ジュード

甘いささやきは 一瞬 心地いいけど
それだけじゃないのね
「韻」の終わりがある すべての歌の裏には「陰」があって
私たちに教えてくれる
人生はすばらしい 人生は残酷

 

でもジュード 

自分の人生を信じなさい

人生は私たちに 傷と痛みを与え
時として傷口に塩をすりこみ 杖がおれるほどたたく
人生は私たちをあやつるけど悲しまないで

 

ジュード あなたには歌がある

みんながそれを歌うと 

あなたの目が輝く そしてあなたが静かに 口ずさむだけで

すべての聴衆はあなたにひきつけられる
あなたはこっちへ 私は向こうへ歩き出す

 

でもジュード あなたと遠くはなれても

心は あなたのそばに行ける

今 私はなす事もなくあなたの歌を聴く自分を恥じている

神様私を裁いてください

私は あなたのように歌う勇気がない

 

ジュード あなたは知っている
口がヒリヒリ 石をかむようなつらさを
あなたの口から きれいに聞こえてくる歌は
不幸の裏にある「真実」を教えてくれる

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