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防災歳時記11月21日 伊豆大島の恐怖の一夜

伊豆大島 三原山(撮影: Naoharu)

 先月、台風26号により甚大な被害が発生した伊豆大島。

 

 続いて台風27号が接近し、全島に避難指示・勧告が出された時、27年前の『あの夜』を思い出した。

 

 今から28年前、1986年(昭和61年)の今日11月21日の夜。

 

 伊豆大島の三原山は、その2日前の昼ごろから噴火が始まっていた。

 

 伊豆大島は、そもそも3つの古い火山が一つになってできた島。島そのものが巨大な火山だ。

 

 古くから島では噴火のことを「御神火」と呼び、三原山を「御神火さま」と畏れ敬ってきた。

 

 その一方で、三原山は巨大なカルデラの中にあるため、よほどに大きい噴火でもない限り、溶岩が外輪山を越えて、ふもとに溢れ出すことはない。

 

 つまり、言い換えれば、安全に『噴火見物』ができる島でもあった。

 

 だから「御神火茶屋」とか「火口茶屋」(これは1986年の噴火で焼失したが)といった観光スポットもある。

 

 1986年の噴火の際にも、噴火の報を聞きつけ、5000人を超える見物客が島に押し寄せ、伊豆大島は観光ムードが盛り上がっていた。

 しかし2日後の11月21日の夕方、状況は一変した。

 

 外輪山外側の山腹からも『割れ目噴火』が始まり、約3000人の島民が住む元町地区へと溶岩が斜面を下り始めた。

 

 噴火が山裾まで迫ったのは、実に500年ぶりのことだった。

 

 逃げ場を失った島民は、港に殺到した。

 

 大島町は住民1万人を島外に離脱させる『全島避難』を決定した。

 

 溶岩はすでに町から数100メートルの地点にまで迫っていた。

 

 状況はパニック寸前だったが、海上自衛隊、海上保安庁、東海汽船、そして急きょ駆けつけた近隣の島の漁船など、合わせて30隻以上が集結し、一夜にして1万人の島民が無事避難できた。

 

 あの「恐怖の一夜」から、はや28年。

 

 伊豆大島は、その間、一貫して膨張し続け、地下にマグマを溜め込んでいる。

 

 現在、伊豆大島地下のマグマ量は、1986年の噴火で溶岩として放出された量の4倍近い。

 

 全島避難となった1986年の噴火だが、伊豆大島の火山活動の歴史の中では「中規模噴火」に分類されるらしい。

 

 そして中規模噴火は、この200年間に5回起きており、その周期は常に36〜39年

 

 その計算からすれば、伊豆大島は、あと8年から11年以内に中規模噴火を起こす可能性が高いということになり、気象庁や研究機関は、伊豆大島の噴火を警戒している。

 

1986年(昭和61年)に発生した伊豆大島の割れ目噴火 山裾に迫る溶岩のため、大島町は全島避難を決定した

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