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防災歳時記12月17日 ペルー日本大使公邸人質事件に思う

在ペルー日本大使公邸人質事件(1996年12月17日発生)

 今から17年前、1996年(平成8年)の今日12月17日、天皇誕生日祝賀レセプションが行なわれていたペルーの首都リマにある日本大使公邸に武装左翼組織「ツパク・アマル」のメンバー14人が侵入し、約600人の人質をとって公邸を占拠した。

 

 この事件は結局4ヶ月後にペルー警察の特殊部隊が突入して解決するが、衝撃的だったのは、事件そのものよりも、事件発生から1ヶ月弱、犯人側と警察側がこう着状態に陥っている中、テレビ朝日のチームとして取材を行なっていた広島ホームテレビの記者らが、現場に突入し、取材を試みたことだった。

 

 これも結局犯人側に拒絶され、事なきを得たが、このクルーの行動により人質に危害が加えられる、もしくは警察側の強行突入を誘発するのではないかと肝を冷やした。

 

 このクルーの行動は日本・ペルー両政府ならびに国内外のメディアから「人質の安全を無視した行動」として強く非難された。

 

 似たような気分を味わったのは、2002年から起きたイラク戦争の時の日本人人質事件の時だ。

 

 戦争中のイラクに、ボランティア、フリーカメラマン、ジャーナリスト志望の高校を卒業したばかりの若者、バックパッカーなどの日本人が入国し、武装組織に誘拐され、解放との引き換え条件に「自衛隊の撤退」を要求されたり、中には惨殺された青年もいた。

 この時も、こうした人たちの行動は軽率だと非難を浴び、生還した人たちは誹謗中傷に苦しめられたという。

 

 そして、この時高校生で、「イラクを支援したり、イラクの現状を知ろうとしたことが、なぜあそこまで批判されるのか強い違和感を持った」とインタビューで答えているテレビディレクターの女性が作ったドキュメンタリー映画「ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして」が7日から公開されている。

 

 誹謗中傷にさいなまれたご本人たちはお気の毒に思うが、それでもやはり「違和感を持った」という監督の発言に違和感を感じてしまう。

 

 こういう事件が起きるたびに、素朴に思ってしまうのだ。

 

 自分が惨殺されるとリアルに想像できていたらイラクにバックパックしただろうか?

 

 自分が誘拐され、引き換えに自衛隊の撤退を要求されるとリアルに想像していたらボランティアに行っただろうか?

 

 ペルーの事件も事なきを得たからよいが、自分の行動によって人質が殺されるとリアルに思っていたら、それでも「突撃取材」を敢行していただろうか?

 

 テレビ朝日は、事後に「テロリストとの対話を行なおうとした」と弁明した。

 

 「イラクを知りたい」、「イラクの人を助けたい」、「イラクの真実を伝えたい」…。

 

 それは素晴らしいことだが、もし自分の死や、他人の死、誘拐の危険をリアルに感じていたとしたら、テロリストとの対話やイラクを知りたいなんて動機が「暴挙との引き換え条件」になるのか?

イラク戦争(出典: The U.S. Army)

 「いや、リアルに感じていたからこそ行ったんだ」とおっしゃるなら「カミカゼ的信念」の領域なので、是非もないが、それらしい色々な理屈は「後付け」にしか過ぎず、単に「イマジネーションが拙かっただけ」なのではないかと感じてしまう。

 

 「製造物責任法」がある今どき、「こんな製品があったら人々が幸せになるに違いない」と高邁な理想と夢を持って作っても、それに欠陥があり損害が生じた場合には、賠償責任が生じる。

 

 結果責任だ。

 

 それなら「モノ作り」だけじゃなくて、ジャーナリズムもボランティアも結果責任があるんじゃないか?

 

 「お前ら迷惑だ」と文句を言っているのじゃない。

 

 「イラクの人を助けたい」と思うほどに人命を大切に思っているのなら、自分の命も祖末にしないでほしいと思っているのだ。

 

 「リスクに対する想像力の欠如」は、時として命取りになる。

 

 ツイッターなどに自らの犯罪的行為を掲載する、昨今の、いわゆる「バカッター」の若者を見ていると、それによって自分に降りかかるリスクへの「想像力の衰弱」が感じられてならない。

 

 これはジャーナリズム論やボランティア論や政治思想の話じゃない。もとより「今どきの若い者は」的な年寄りの繰り言のつもりもない。

 

 自分や仲間の命を大切にする、自分の身を守る、そのための想像力(直感と言ってもよい)は、人間という生き物、いやすべての動物に等しく与えられているはずの「生存本能」なのだから。

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