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防災歳時記12月31日 一杯のかけそばとタモリさんと詐欺師

大晦日の夜、貧乏そうな母と2人の子どもは、札幌の時計台横丁にある蕎麦屋「北海亭」で、一杯のかけそばを注文した(撮影: mersy)

 今から41年前、1972年(昭和47年)の今日12月31日、大晦日の晩に北海道・札幌の時計台横丁にある「北海亭」という蕎麦屋に子ども2人を連れたみすぼらしい女性が現れる。

 

 その女性は150円の「一杯のかけそば」を注文すると、子どもと3人で分けて食べた。(かわいそうに思った店主はこっそり『大盛り』にしていたが)

 

 その翌年も、また大晦日の同じ時刻に、母子3人は一杯のかけそばを。

 

 この母子は、父親を交通事故でなくていた。

 

 父親の好物だった「北海亭」のかけそばを年に1回だけ食べることが、この家族の唯一の贅沢だったのだ。

 

 そして、翌々年は2杯。

 

 北海亭の主人夫婦もいつからか、その親子が来るのを楽しみにするようになったが、ある年から親子は現れなくなる。

 

 そして数十年を経たある日、母とすっかり成長した息子2人が北海亭に再び現れる。

 

 立派に成人し、就職した息子2人と、その子どもを育て上げた母は、今度は「3杯のかけそば」を注文した。

 「一杯のかけそば」。なんとも泣ける、実に「良い話」である。

 

 ブームに火がついたのは、1989年2月の通常国会。

 

 公明党の大久保直彦書記長(当時)が竹下登首相(当時)への代表質問の際に、突然この話を朗読し始めた。

 

 「このおっさん何言ってんだ?

 

 駆け出し政治部記者だった自分は、最初から最後まであっけにとられっぱなし。

 

 確かリクルート問題に関する質問の「前フリ」だったはずだが、肝心の質問は何だったか、今もさっぱり覚えていない。

 

 これだけなら「良い話」で終わるのだが、その後意外なな展開に。

 

 「一杯のかけそば」の作者は「北海道大学医学部卒」と学歴を詐称していたことが明らかになり、さらに寸借詐欺で姿をくらます。

 

 さらに作者は、各地を転々として女性をだましたり、詐欺的行為を繰り返した。

 

 そうか、詐欺師だからこそ、これほど完成度の高い「つくり話」が書けたのか。いや、こんな「つくり話」を思いつく才能があったからこそ詐欺師になれたのか?

 

 「あの一杯のかけそばの作者◯◯◯です」と言っては、各地で無銭飲食を繰り返したらしく、彼自身の人生も、その作品に負けず「哀れをさそう話」に仕上がっている。(こちらは心情的にあまり同情できないところが「玉にキズ」だが)

 

 いずれにせよ、このブームを終わらせ、作者に疑いの目が向くきっかけを作ったのは、なんとあの「タモリさん」だった。

 

 フジテレビの「笑っていいとも」の中で、タモリさんは、「その当時、150円あったらインスタントのそばが3個買えたはず」と看破、「一杯のかけそば」を「涙のファシズム」と批判した。

 

 タモリさんは、この日本中を席巻した美談の中に「うさん臭い何か」を感じていたに違いない。

 

 まさに「慧眼」としか言いようがない。

 

 そんな歴史を刻んだ記録的長寿番組「笑っていいとも」も、来年3月にはその幕を閉じる。

 

 もう「美談のウソ」を見抜いてくれる人(番組?)はいない。

 

 だから来年こそは、「一杯のかけそば」より心温まる、「本物の良い話」を聞けるような年であることを願おう。

来年は「一杯のかけそば」より心温まる「本物の良い話」が聞けるような年でありたい(撮影: Yuya Tamai)

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