防災と災害情報のニュースメディア
  • 歴史

防災歳時記1月12日 桜島が陸続きになった大正大噴火

大正大噴火による火山灰で覆われた鹿児島市内

 小笠原諸島の西之島沖で11月20日に火山が噴火し、新しく姿を現した「新島」は日増しに大きくなり、ついに12月26日に西之島と合体した。


 「西之島新島」の話題は、菅義偉官房長官も「領海が広がればいいなと思います」と期待を寄せるなど昨年大いににぎわったが、火山が噴火して”陸続き”になる事態は、今からちょうど100年前、鹿児島県でも起きていた。

 

 1914(大正3)年の今日1月12日、鹿児島湾にある桜島が噴火を始めたのである。

 およそ2万6000年前にできたとされる火山島の桜島は、有史以来30回以上の噴火が記録されており、現在も活発な活動を続けている世界的にも有名な活火山だ。海の中にそびえる山容は鹿児島のシンボルにもなっている。


 もともとは文字通り「島」だったのだが、「大正大噴火」と呼ばれる1914年の噴火は約1ヶ月にわたって続き、流出した多量の溶岩流は西へ南東へと伸びていった。


 そして、ついに最大400メートルあった海峡を埋め尽くし、大隅半島と陸続きになったのである。


 この時の噴火による火山灰は東北地方でも観測されたほど。溶岩を含む噴出物の総量は約32億トンで、東京ドーム1600個分に相当する。どれほど大規模な噴火だったか想像できるだろう。

 ただ、西之島は無人島だったため、新島の噴火が続いて陸地が拡大するのを楽しんでいられたが、桜島の場合は人が住んでいる有人島だ。


 1月12日午前10時すぎ、黒い噴煙と大音響とともに始まった噴火は、岩石を高さ1000メートルまで噴き上げ、午後になると島全体が黒雲で覆われた。


 マグニチュード(M)7.1の地震も発生し、高温の火山弾や火砕流による火災などで58人が死亡。対岸の鹿児島市内では「津波が来る」「毒ガスが出る」などの流言が広がり、市外へ避難しようとする人々で大混乱に陥ったという。


 大正大噴火で、明治時代に2万人以上あった島の人口は9000人以下に激減。その後も減少が続き、今では5600人ほどになっている。


 鹿児島の人たちにとって、1月12日は忘れてはならない災害の記念日の一つ。この日は「桜島の日」と定められ、鹿児島市などでは毎年、噴火を想定した防災訓練を行なっている。


 なお、桜島では噴火活動は今も続いており、入山が規制される「噴火警戒レベル3」を継続中だ。

 

■最新の火山情報は火山情報マップでごらんいただけます

大隅半島と陸続きになっている桜島

 あなたにオススメの記事

メニュー