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防災歳時記2月4日 海城地震と地震予知の可能性

現在の遼寧省 海城市(海城市HPより引用)

 今から39年前、1975年の今日2月4日、中国遼寧省の海城市で、M7.3の地震が発生した。

 

 この地震による死者は、人口の約0.02%にあたる2041人(新華社)と被害は比較的軽微だった。(一説によると、この地域でM7クラスの地震が発生すれば死傷者は100万人に達すると予測されていたから)

 

 被害が軽微にすんだ理由は、この地震が世界でも数少ない「地震予知の成功例」だったから。

 

 1960年代、河北省から遼寧省にかけての地域は大規模な地震が続いていた。

 

 そして地震の震源は次第に北東方向に移動していたことから、1970年代になると中国当局は遼寧省に地震弁公室を設置して、同省の監視体制を強化していた。

 

 海城地震の前年になると、地殻変動、地磁気の異常などから中国国家地震局は、「渤海北部でかなり大きな地震が1〜2年以内」に発生すると予測。

 

 さらに、地震発生の前年末の12月20日、遼寧省革命委員会は、ついに住民に対して地震の危険性が高まっていると公表する。

 この頃になると、ネズミの大量発生など、いわゆる「宏観現象(地震の前兆現象)」が見られ始め、年も押し詰まった28日には、盤山県でついに警報が発令され、約3万人がテントで3日間を過ごすことになった。(結局、この警報は『空振り』に終わったが…。)

 

 しかし2月に入ると、微小地震が頻発し、宏観現象や地電位変化などがさらに顕著になってくる。

 

 そして明確な前震が始まった2月4日午前10時に、遼寧省革命委員会は遼寧省全域に『臨震警報』を発令する。

 

 避難の対象は約100万人。

 

 住民に避難を促すために、広場で映画の上映会を開催した地域もあった。

 

 夕方からの映画上映会。1本目が終わり、2本目が始まった午後7時36分。

 

 予知通りM7.3の海城地震が遼寧省を襲った。

 

 この地震は前兆現象が特異だったこと、仮に予知が外れたとしても避難を強制できるような社会環境だったことなど、極めて特殊な例であり、これがあるからと言って他の大地震が予知できることにはならない。(実際、中国地震局は以降の大地震での予知はあまり成功していないようだ)

 

 しかし予知可能な大地震があったことも、また事実だ。

 

 中国地震局は地震予知の実現を目指し、2016年9月から5基体制で人工衛星での電離層観測による「地震予知」の運用体制に入る。

現在の遼寧省海城市の夜景(海城市HPより引用)

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