防災と災害情報のニュースメディア
  • トピック

小野田寛郎さん死去 比ルバング島の密林で30年

小野田寛郎さん(小野田自然塾HPより引用)

 陸軍の情報将校を育成する「陸軍中野学校」を卒業し、ゲリラ戦の任務を与えられたことから、終戦後もフィリピン・ルバング島の密林で30年間にわたり潜伏した元陸軍少尉で、「小野田自然塾」理事長の小野田寛郎(ひろお)さんが16日午後、肺炎のため都内の病院で死去した。91歳だった。

 

 小野田さんは、大正11年、和歌山県生まれで、昭和19年に諜報活動などを行なう情報将校を育成する陸軍中野学校を卒業。

 

 上官から、「玉砕は絶対許さん、3年でも5年でもがんばれ」とのゲリラ戦任務を下命されたことから、終戦後もフィリピン・ルバング島の密林に潜伏し、米軍レーダーサイトなどへの攻撃を100回以上繰り返した。

 

 しかし1974年(昭和49年)、捜索活動をしていた日本人青年と面会し、かつての上司 谷口義美元少佐からの「参謀部別班命令」を受けて、任務解除として30年ぶりに帰国した。

 

 帰国した小野田さんは、戦前とは大きく異なる日本社会になじめず、ブラジルに移住、「小野田牧場」を経営、しかし後に、凶悪な少年犯罪が多発する日本社会に心を痛め、自身の経験から自然の中でのサバイバルによって心身を育成する「小野田自然塾」を主宰した。

 

 小野田さんは帰国後、政府の見舞金をすべて靖国神社に寄付、天皇陛下との会見についても、「自分が身勝手に潜伏していた」として断った。

 

 また小野田さんは、自身の体験から、人間の持つ「潜在的な能力」に言及、極限状況では、「相手が射撃する直前に身をかわすことができる」などと語っていたが、実際、小野田自然塾でインタビューを行なった際は、飛んできたアブを空中でこともなげにつまんで、「かわいそうだが、インタビュー中だから…」と羽をむしり、「アブは口で咬むからお尻から、蜂はお尻の針で刺すから前から、捕まえるんだよ」と語っていた。

 あなたにオススメの記事

メニュー