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防災歳時記2月14日 バレンタインデーと少子化問題

英国の経済学者ロバート・マルサス(1766年 - 1834年)

 今日2月14日は、バレンタインデー。今年も多くの男女が「愛を語り合う」のだろう。

 

 その愛は、いつか結ばれて、新しい命を育むことになる。

 

 まさにバレンタインデーは「愛の日」。だが、今から248年前、1766年の今日2月14日に、そんな「愛の日」に水を差す、まことに「無粋な男」が英国で誕生した。

 

 ロバート・マルサス

 

 マルサスは、長じて「人口論」を著し、「幾何級数的に増加する人口と算術級数的に増加する食糧の差により人口過剰、すなわち貧困が生じる」と述べ、豊かな社会のために産児制限などの「人口抑制」を唱えた。

 

 この「マルサス主義」は、のちにダーウィンの進化論、つまり「自然淘汰」の考え方につながっていく。

 

 しかし、それから200年以上経った現代において、マルサスの心配は「杞憂に終わった」と見える。

 なぜなら経済的に発展した先進国では、産児制限なんかしなくとも、勝手に「子どもの出生率」が低下していったからだ。

 

 いまや日本のように「少子化対策」を進める国まで生まれている。

 

 確かに将来の年金の担い手たちの数を考えると、子どもが増えてくれないと困る。

 

 そのために政府は、産休、育休、優遇税制など、「子育てしやすい環境」の整備に熱心だ。

 

 しかし「子育てしやすい環境」ができれば、本当に子どもは増えるのか?

 

 「先進国になると出生率が下がる」と書いたが、人口が減少基調になるまで下がるか、単に増加する割合が減ったにとどまっているかは、同じ先進国でもさまざまだ。

 

 昨年6月に発表された国連の「人口推計の2012年改訂版」によると、人口が減少傾向にある先進国は、日本を始め韓国、中国、ロシア、ドイツなど。

 

 一方で人口が増加傾向にある先進国は米国、英国、フランスなど。

 最近の多くの論調では、あたかも子どもたちは将来の「日本経済の担い手」のようにも聞こえるが、少なくとも国連の統計を見る限り、人口が増えている先進国がGDPで好調というわけでもない。

 

 もしかしたらマルサスの言う通り、人口が増えれば格差が広がり、逆に貧しい国民がもっと増えるかもしれない。

 

 年金負担額を「頭割り」するなら、日本人の「頭数」が多い方がよいに決まっているが、それは「経済成長」が前提じゃないか。

 

 成長が止まる、もしくはマイナス成長すれば、人口増加により貧富の格差が広がり、「みんなが食べていくのに精一杯で、年金負担なんて…」という「不幸な未来」だって起こらないとは限らない。

 

 だいたい「経済的にも社会的にも子育てする余裕が足りない」なんて、本当に少子化の根本的な原因なのか?

 

 本当は、ダーウィンの自然淘汰は、すでに機能しているんじゃないか?とすら、ふと思ってしまう。

 

 ただそれはマルサスの考えたように、人口と食糧の差、つまりは「貧富」よって淘汰されるんじゃなく、そんなことになる前に、集団は「その社会の閉塞感=最適な人口数」を本能的に嗅ぎ分けて、自動的に調整する、人知では計り知ることができないような機能がビルトインされているんじゃないか?

 

 だとすれば、自然に任せるままなのが、その国にとっての「最適な状態」だし、少子化対策で人口を増やすのではなく、その人口推移にあった経済規模や社会保障の水準を目指すこと、すなわち仕組みの側を最適化することしか人間の選択肢はなくなってしまうのだが。

 

 医療技術の進歩や、政治体制の進展によって、世界的に見れば人類の人口は爆発的に伸びている。

 

 しかし、我々の知らないところで、「神の見えざる手」はすでに、この傲慢な種族に調整をかけ始めているような気がしてならない。

 

 アフリカ・ナイジェリアは、福岡県ほどのGDPだが、その人口は現在1.6億人。

 

 国連の予測では、2100年までに同国の人口は472%増加し、総人口9.1億人の世界第3位の人口大国になる。

 

 政情不安なこの国で、いや仮に政情が安定していたって、日本の2.5倍ほどの国土に、日本の8倍近い9.1億人が暮らすことなんて、いくら楽観的でも「ただではすまない」と思わないか。

2100年にナイジェリアの総人口は9.1億人。世界第3位の人口大国になる(出典: DFID - UK Department for International Development)

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