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防災歳時記2月18日 大野病院事件と「当たり前」の時代

福島県立大野病院(撮影: Kuha455405)

 今から8年前、2006年(平成18年)の今日2月18日、一人の医師が医療ミスを問われ業務上過失致死の曜日で逮捕された。

 

 福島県立大野病院産科医逮捕事件、通称「大野病院事件」。

 

 それは逮捕から2年前のこと、前置胎盤(ハイリスク妊娠の一種)だった妊婦に医師は出産時の危険性を説明し、大学病院での分娩を勧めたが、「大学病院は遠い。交通費がかかる」と、地元だった大野病院での分娩を譲らなかった。

 

 2004年(平成16年)12月17日、大野病院で帝王切開による分娩手術が始まった。

 

 赤ちゃんは無事取り出されたが、産婦は前置胎盤だけでなく、子宮に胎盤が癒着する癒着胎盤も併発していた。

 

 このため、最終的には子宮摘出を行なうことになり、出血量は当初想定よりはるかに多い量になった。

 

 大量の輸血を行なったものの、子宮摘出から約1時間後、産婦は出血性ショックで死亡した。

 福島県は調査委員会を設置して、執刀医の判断ミスを認める報告書を作成した。

 

 その理由は、医療側の過失を認めないと、医賠責保険による遺族への補償支払が行なえないから。

 

 しかし、この報告書がきっかけになってマスコミにより大々的に「医療ミス」と報じられることに。

 

 そしてついには警察が動き、医師の逮捕という事態にまで発展した。

 

 その医師は、起訴されるが、結論は「事実上のえん罪事件」。

 

 医師の手術は、過失があるとは言えず、またその医師は非常に優秀な腕を持っていたことも分かった。

 

 無罪判決で、検察側は控訴を断念した。

 

 しかし、公判中に遺族は、「ミスが起きたのは医師の責任」、「言い訳をしないでミスを認めてほしい」などと主張し、死亡した産婦の墓前で土下座して謝罪するよう求め、医師はそれに唯々諾々と従った。

産婦は子宮摘出から約1時間後に出血性ショックで死亡した(写真はイメージ画像です 撮影:Sand Paper)

 彼が遺族から問われた「医師の責任」とは何か?

 

 分娩には、いや、生きるすべての営みにはリスクがともなう。

 

 「常に安全にお産が出来て当たり前」の世界にしたいと医師も社会も希求するが、現実は安全で健康な生活が100%保証されているわけではない。

 

 これは医療だけのことじゃない。

 

「大地震や大津波から行政が守ってくれるのが当たり前」

 

「遭難したら救助に来てくれるのが当たり前」

 

 人間には生と死の2つの状態しかない。生を選択する限り「死というリスク」から逃れることはできない。

 

 どんな土地に住むか?どこに行楽に行くか?子どもが欲しいと思うのか?…

 

 そうした生きていく上で当たり前の選択肢は、だがそのすべてが目に見えない「死のリスク」につながっている。

 

 そしてこのリスクは最終的には、この世に生を受けた自分が引き受けるしかない。

 

 医師や救急隊や行政は、少しでも安全で健康な生活をしてもらうための手助けができるに過ぎない。

 

 大野病院事件のような問題の反省から、2009年(平成21年)に「産科医療補償制度」が創設された。

 

 分娩によって発症した脳性まひの子どもや家族に、医師の過失がなくても補償が行なえる「無過失補償制度」だ。

 

 しかしそれでもリスクの高い産科医は敬遠され、その「なり手」は減り続けている。

 

 この状態では、リスクをあえて引受ける高邁な理想と信念を持った医師から順に、医療訴訟に倒れていくことになりかねない。

 

当たり前の時代」が、「安全で健康な社会」の根幹を浸食している。

2009年には分娩によって発症した脳性まひの子どもや家族に、医師の過失がなくても補償が行なえる「産科医療補償制度」が創設された(写真はイメージ画像です 撮影:Kitt Walker)

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