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防災歳時記3月8日 今日はハチ公の命日

ハチ公の剥製(国立科学博物館蔵 撮影: Momotarou2012)

 今から79年前、1935年(昭和10年)の今日3月8日、日本で最も有名な犬ハチ公が死んだ。

 

 眼鏡を書かれたり、立派な八の字ヒゲを書かれたり(想像するとちょっとかわいい気もするが…)、邪見に扱われていたハチだが、東京朝日新聞に「いとしや老犬物語」が掲載されると大人気、ハチはハチ公に昇格?して渋谷の人々に可愛がられていた。

 

 死から4日後には渋谷駅でハチの告別式が盛大に営まれた多くの人々が参列したほか、wikiによると宮益坂の妙祐寺では僧侶16人による読経が行なわれ、花輪25、生花200、弔電など180本、香典は200円が集まったとのこと。

 

 犬と葬式を競うのもなんだが、自分が死んだ時には、よもやハチほどの盛大な葬式にはなるまい。

 

 葬式のあとも、VIP待遇は続き、東京科学博物館(現国立科学博物館)に運び込まれ、丹念に洗浄されてから、日本剥製界の巨匠と、その内弟子が2人がかりで部屋にこもり、最高の剥製に仕上げた。

 

 古代エジプトのラーか、どこぞの独裁国家の指導者のような特別扱い。

 そもそもハチ公像だって、昭和天皇の皇后 香淳皇后がハチ公の美談に感銘を受けたことから渋谷駅前に立っているのとは違う「主人を寝て待つハチ公像」が献上されている。

 

 渋谷駅前のハチ公像の除幕式には当時のGHQの代表も参列し、その後は来日したヘレン・ケラーも渋谷駅前を訪ね、ハチ公像に触れている。

 

 海外まで鳴り響くその名声は、当然ながら「死んだ主人を渋谷駅で毎日待ち続けた」という忠犬ぶりに起因しているわけだが、人気の理由はそれだけでもないようだ。

 

 ハチのご主人上野英三郎博士は、ハチ以外にもジョンとSという犬を飼っていた。

 

 上野氏の生前はよく3匹でお迎えに上がっていたが、忠犬として名声鳴り響いたのはハチだけ。

 

 ハチが人一倍(犬一倍?)忠誠心にたけていたこともそうだが、人気の一翼を担っているは、ハチの人柄(犬柄?)のようだ。

 

 新聞に記事が掲載される前は、いじめられたりいたずらされたりしていたというが、ハチはかつては警察犬の代名詞だった「秋田犬」。

 

 そう簡単に眼鏡を書いたり、八の字ヒゲを書いたりする気になるような犬種じゃない。

晩年のハチ公

 ハチ公はおとなしく、人懐っこい犬だったそうで、渋谷の人々に本当に愛されていたのだろう。

 

 死後解剖した時に、胃から焼き鳥の串が3,4本出てきた話は有名だが、時は昭和恐慌後の時代。

 

 渋谷駅前の屋台に集まった人々から、そんなに簡単に焼き鳥を振る舞ってもらえるもんじゃない。

 

 子どものころに、悠々と渋谷駅に向かう生前のハチ公を見た人が、「ああ偉い犬なんだなあ…と思った」と語っているインタビューをどこかで読んだ。

 

 「偉い人なんだなあ…」という感想は聞いたことがあるが、「偉い犬なんだなあ…」という感想は、後にも先にもそれしか聞いたことがない。

 

 ハチ公は、青山墓地のご主人の隣りに、今も静かに眠っている。

 

 

青山墓地に眠るハチ公とご主人 上野英三郎博士

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