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防災歳時記3月9日 坂本龍馬 寺田屋事件とお龍の晩年

 織田信長と並び、熱烈なファンが多いことで知られる歴史のヒーロー・坂本龍馬。

 

 様々な変革を押し進めたことで多くの仲間と敵を作り、1868年に暗殺されるまで命を狙われ続けたが、その一つの騒動として有名なのが「寺田屋事件」である。

 

 それは今から148年前、1866年の今日3月9日、京都を舞台に発生した。

 寺田屋事件とは、薩摩と長州を結びつけた坂本龍馬が幕府によって危険分子と見なされ、伏見奉行に捕らえられ(あるいは殺され)そうになった事件である。

 

 このとき龍馬は、妻・お龍の機転で辛くも寺田屋(旅館)を脱出、薩摩の藩邸に逃げ込んだが、当然ながら、そのまま京都に滞在することはできず、西郷隆盛の計らいで鹿児島の温泉などを2人で回った。

 

 その旅こそが「日本で最初の新婚旅行」とされている。

 

「いやいや最初の新婚旅行は同時代の小松帯刀である」という説もあるが、一般的には坂本龍馬の方が知られており、龍馬ファンにとっては譲りがたいところであろう。

 

 龍馬とお龍の2人は、当時の理想のカップル。ドラマや漫画などでは、そんな風に描かれることも多い。

 

有名な坂本龍馬の写真/wikipediaより引用

 が、あまり歴史に詳しくない身からすると、お龍については少々驚きの事実も知った。

 

 まず、お龍は当時の坂本龍馬の業績を何も知らなかったことだ。なんでも龍馬の仕事には全く興味を持たず、後年、明治政府から聞かされたそうだ。

 

 大志を抱き、日本を動かした龍馬に惚れたのかと思ったらそうでもないご様子。正直、意外である。

 

 また、龍馬の死後、お龍は各地を転々としながら、横須賀の呉服屋若旦那と再婚し、その後、家が傾いて長屋での貧乏暮らしを余儀なくされたという。

 

 さらに晩年には、アルコール依存症になっていたとも…。

 

 坂本龍馬という歴史的スターの元妻が、ここまで堕ちていたなんて!?

 

 我々は、華々しい活躍にばかり目を奪われがちだが、歴史の大舞台の裏には悲しい日常も絶えず流れている--。

 

 そんな風にキレイにまとめたくなるが、龍馬の死後から38年、お龍が1906年(66才)まで長生きしたことを思うと、「やっぱり女は強い」と考えるほうが自然かもしれない。

晩年のお龍/wikipediaより引用

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