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防災歳時記3月12日 小野田さん帰国と野生の超能力

陸軍中野学校当時の小野田寛郎さん

 今から40年前、1974年(昭和49年)の今日3月12日、先ごろ亡くなった小野田寛郎さんが30年ぶりにフィリピンから帰国した。

 

 陸軍中野学校でゲリラ戦の教育を受けた小野田さんは、終戦を迎えても任務解除の命令が届かなかったため、部下3人とともにフィリピン・ルバング島のジャングルで、諜報・ゲリラ活動を続けていた。

 

 途中で仲間3人は投降したり、射殺されたりして、最後はジャングルに一人。しかし30年間にもわたり孤独と恐怖に耐えてサバイバル生活を続けた。

 

 30年の間には米軍のレーダー基地を襲撃する作戦を決行しているほか、トランジスタラジオを改造して世界の情報を収集したり、野牛を捕獲して乾燥肉を作ったりしている。凄まじいサバイバル能力だ。

 

 人間や、飼いならされた動物と、野生に生きる生物の違いは、まずその「目」に現れる。

 

 日々、天敵に襲われる恐怖に脅え、一方で生きるために自分の獲物を探し続ける野生の動物たちは、まさに「虎視眈々」と表現されるにふさわしい、「野生の目」を持っている。

 

 例えば陸上自衛隊のレンジャー課程で1週間も山林をさまようサバイバル訓練を受けて帰ってきた隊員は、同じような「野生の目」をしている。

 

 だが帰還当初、けだもののような「野生の目」をしている隊員も、半日も人間社会にいれば、すぐに普段の優しい「人間の目」に戻ってしまう。

 

 あの「野生の目」は、常に「生命の危険」と隣り合わせの環境にさらされている生き物にしか持ち得ないものなのだろう。

 しかし30年間も一人ジャングルの中でサバイバル生活を続けた小野田さんから「野生の目」が消え去ることはなかった。

 

 彼はかつて「人間の潜在能力」というか「超能力」について語っていた。

 

 本当に生命の危機に瀕したときは、自分の頭が数倍にふくらみ、また元に戻っていくような不思議な感覚に襲われたという。

 

 その感覚を味わうと、夕闇の中でも、昼間のように明るくなり、遠くにある木の葉の葉脈1つ1つまでがはっきり見えるようになったという。

 

 

「そうなると、はるか先にいる敵の動きも手に取るように分かり、相手が射撃する直前に身をかわして銃弾を避けることさえできると思った」

 

 

 小野田さんは、その「超能力」について、こう語っている。

 

 人間には本当にこんな「超能力」があるんだろうか?と思うが、1回だけ自分の目で確かめる機会もあった。

帰国後の故 小野田寛郎さん(小野田自然塾HPより引用)

 それは数10年前、青少年のための「小野田自然塾」を開いた小野田さんをインタビューした時のことだった。

 

 自然塾の屋外に置かれたテーブルで話を始めようとしたその矢先、小野田さんは、テーブルのまわりに飛んできた1匹のアブを、こともなげに空中でひょいとつまんだ。

 

 目にもとまらぬ早業だった。

 

 さらにビックリしたのは、小野田さんが飛んでいるアブの羽だけをつまんでいたこと。

 

 「かわいそうだが、インタビュー中だから…」と、小野田さんはアブの羽をむしり、「アブは口で咬むからお尻から、蜂はお尻の針で刺すから前から、捕まえるんだよ」と優しい笑顔で教えてくれた。

 

 最後まで現代の日本の社会や生活に違和感を感じ、若者から失われたものを取り戻そうとしていた小野田さん。

 

 オカルト的な超能力の話にはとんと興味ないが、人間がその内側に、「途方もない潜在能力」を秘めていることについては、この時から、信じざるを得ない自分がいる。

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