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防災歳時記3月24日 ”悲劇の病”の原因が明らかになった

   3月24日は「世界結核デー」だ。


   今から132年前の1882年の今日、ドイツの細菌学者ロベルト・コッホによって結核菌が発見されたことにちなみ、1997年に制定された。

   結核、特に肺結核は日本では明治期まで「労咳(ろうがい)」と呼ばれ、罹患すれば打つ手がない「不治の病」とされていた。


   労咳の患者は、熱で頬がぽおっと赤く、やせて肌は白く、若くして命を落としてしまう……。という点が、日本人の美的感覚にあったのか、小説や映画の中では薄幸な美女、美青年に「特有の病気」として描かれることが多い。


   例えば、新選組の沖田総司。池田屋事件で喀血しながら大立ち回りを続けたエピソードは有名だが、隊士の残した記録『新選組顛末記』ではその描写はなく、『新選組始末記』における子母澤寛の創作では、との説もある。


   あるいは、徳富蘆花の『不如婦』。ヒロイン浪子が家の体面などのために恋人と引き裂かれ、肺を病んで生涯を終える姿は、肺結核の「悲劇の病」というイメージを確固たるものにした。


が、この結核、何も明治大正の病ではない。確かに予防法や治療法の発達で昔に比べれば大幅に減ったが、実は現在も日本では年間2万人以上が発症しているのだ。

結核菌を発見したロベルト・コッホ

   しかも、その罹患率は先進国の中では抜きん出て高い。厚生労働省によると、人口10万人に対する結核の罹患率は、日本16.7%(2012年)に対し、アメリカ3.4%、フランス4.4%、ドイツ4.3%などとなっている。


   これは諸外国と比べて日本は湿気が多く、結核にかかりやすい気候条件を備えているためと言われている(そのためかイギリスも罹患率は13%と高い)。


   かつてのように「不治の病」ではないとは言え、結核は肺だけでなく腎臓や骨、脳など身体のあらゆる部分に影響を及ぼす恐れのある危険な感染症だ。高齢化が進む今後、さらに患者数は増えるとの指摘もある。


   コッホが原因菌を発見してから100年以上経ってもなお人をおびやかしている結核。これは過去の病ではないのだと世界結核デーの今日、胸に刻みたい。

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