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防災歳時記3月28日 スリーマイル島原発事故と廃炉の道のり

米ペンシルベニア州スリーマイル島原子力発電所(出典:米エネルギー庁)

 今から35年前、1979年の今日3月28日、米国ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で給水ポンプが停止し、冷却水の供給が止まるという事故が起きた。

 

 燃料棒の45%にあたる62トンがメルトダウン(炉心溶融)し、うち20トンが原子炉圧力容器の底にたまった。

 

 原子炉がメルトダウンし、地球を貫通、反対側の中国に到達するという核カタストロフィーを描いた映画「チャイナ・シンドローム」が公開されて12日後のことだった。

 

 この映画で、テレビリポーター役を演じたジェーン・フォンダは、スリーマイル島事故のあと、反原発運動に身を投じていく。

 

 スリーマイル島原発は、事故から1年後の1980年に除染作業を開始。

 

 原子炉から燃料棒を取り出すことができたのは、事故から11年後の1990年だった。

 

 しかし35年経った今も、事故のあった2号機の圧力容器の底にたまっているメルトダウンした核物質はそのままになっている。

 スリーマイル島事故は国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル5(事業所外へリスクを伴う事故)。

 

 このスリーマイル島事故ですら、35年後の今もなお完全な廃炉への道筋はまだ見えていない。

 

 福島第一原発はスリーマイル島事故よりINESレベルで2段階も上のレベル7(深刻な事故)。

 

 福島第一原発の廃炉作業は、今後30〜40年かかるとされているが、スリーマイル島を見る限り、その道のりを実現するにはかなりの困難が立ちはだかっていると思わざるを得ない。

 

 東京電力は、4月1日付けで、原発メーカー3社(三菱重工・日立製作所・東芝)から3人の執行役員が就任する新組織「廃炉推進カンパニー」を設立し、廃炉作業に邁進するとしている。

 

 また日本原子力研究開発機構は今日から、福島第一原発で起きたメルトダウンを再現し、炉内の状況を推定するために、小型の燃料棒を実際にメルトダウンさせる「燃料溶融実験」を茨城県東海村の施設で実施する。

 

 廃炉へ向けての工程表は確かに作られている。

 

 しかし、廃炉への道筋を大きく左右するであろうメルトダウンした圧力容器内の状況が分かるのは、まだこれからのことなのだ。

福島第一原発3号機(出典:陸上自衛隊)

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