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防災歳時記4月8日 ミロのビーナスとデファクトと奥出雲

ミロのビーナス(ルーブル美術館蔵)

 世界で最も有名な彫刻と言えば?

 

 多くの人が名前を挙げるのが「ミロのビーナス」だろう。

 

 仏ルーブル美術館にあるミロのビーナスは、モナリザと並ぶ世界の宝。

 

 ルーブル美術館から外に出たことは、たった1度しかない。

 

 そのたった1度の「持ち出し先」は、なんと日本。

 

 1964年(昭和39年)に東京の国立西洋美術館と京都市美術館で特別展が開かれ、175万人もの人が訪れ、空前のブームとなった。

 

 そんな「ミロのビーナス」だが、今から194年前、1820年の今日4月8日に、オスマン帝国統治下のメロス島(ギリシャ語読み ミロ島)で、一人の農夫が地中から掘り出した。

 

 ミロのビーナスは仏海軍提督により、トルコ政府から買い上げられ、ルイ18世に献上された。

 

 それ以来、ミロのビーナスはルーブル美術館の至宝として現在に至っている。

 しかしなぜ「ミロのビーナス」は、世界における「美の理想」となったのか?

 

 デッサンの練習をする石膏像として、たいていの中学・高校の美術室に置いてある「ミロのビーナス」。

 

 女性の肉体美を表現する典型とされたそのフォルムは、昭和の中学生にとっては唯一合法的な手段?で見ることのできる「女性の裸」だった。

 

 だが年を取って、「冷静な目?」でもう一度見てみれば、ビーナスの肉体は存外に胸板が厚く、一方で胸もそんなにふくよかなわけでなく、割とゴツい体型だ。

 

 最初から両腕が失われている「未完の美」と黄金比、などなど「ミロのビーナス」を理想の美とする美術の教科書的な説明は色々あるが、一番もっともらしい理由と思えるのは、「ミロのビーナス」を「理想の美」と、最初に決めたから。

 

 ビジネスの世界で言う「デファクト・スタンダード(結果として事実上標準化した基準)」って奴だ。

 

 つまりは、美術的な「人体の美」を語る時に、まず始めに「ミロのビーナス」ありき。

 

 そこを基準に考えるようになったから、少々胸板が厚かろうが、背中が男みたいに広かろうが、ミロのビーナスは「理想の美」なのだ。

アドルフ・フルトヴェングラーによる両腕復元像も何だかしっくりこない

 そして美の世界のデファクトである「ミロのビーナス」と、さらにこちらも美術室でおなじみのミケランジェロのダビデ像が、島根県奥出雲町の公園に一昨年寄贈された。

 

 作られた像は、イタリアの著名な彫刻家が制作したもので、当然ながら「一流の芸術作品として教育的価値がある」とのまじめな意図の元で、同町出身の資産家が故郷への恩返しとして贈ったものだ。

 

 しかし像ができると町民から苦情が相次いだ。

 

 「子どもが怖がる」、「教育上ふさわしくない」、「下着をはかせて」などなど…。

 

 世界の美のデファクト「ミロのビーナス」も地元の方にかかっては形なしだ。

 

 中学生のころ、いささか心に後ろめたいものを秘めながら美術室でこっそりビーナスを見ていたのは、あながちおかしな感覚ではなかったのか…。

 

 ミロのビーナスは薄暗い学校の美術室に、ひっそりとたたずんでいる方が、やっぱり座りがいいような気がする。(立像だが…)

島根県奥出雲町の公園に建てられたミロのビーナス

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