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防災歳時記4月11日 ガッツポーズの日と人間の感覚

今や常識となったガッツポーズ(撮影: Charlie Brewer)

 今日4月11日は「ガッツポーズの日」。

 

 何でも、今から40年前、1974年(昭和49年)の今日4月11日に、ガッツ石松さんがチャンピオンをKO勝ちしたときに、コーナーポストによじ登ってとったポーズを、スポーツ紙が「ガッツポーズ」と表現したことに由来するらしい。

 

 今やスポーツの世界では、「当たり前」になった感のある「ガッツポーズ」だが、これを「ご法度」としているスポーツもある。

 

 例えば野球。

 

 昨年の日本シリーズで巨人のロペス選手は、田中将大投手のガッツポーズに対し、怒りの声をあげた。

 

 

「彼は一流のピッチャーなんだから、マウンドでやっちゃいけないことは分かっているはず」

 

 

 そうプロ野球、特に大リーグでは、いまだに不文律としてバッターを打ち取ったピッチャーのガッツポーズが禁じられている。

 

 相撲や剣道では、ガッツポーズをすると「処分」の対象になることもある。

 

 一方対照的なのは、派手な「ゴールパフォーマンス」も見どころのサッカー。

 

 だがそんなサッカーも、かつては派手なパフォーマンスは控えるというのが欧州の伝統だった。

 

 最初は、南米やラテンのプレイヤーたちが、全身にゴールの喜びをみなぎらせパフォーマンスすることを、眉をしかめて見ていた英国紳士たちだが、いつの日にか現在のような状態になっていった。

 動物学者デズモンド・モリスは、その著書「サッカー人間学-マンウォッチング2」で、サッカーにおけるゴール・パフォーマンスを18種類の形態に分類している。

 

 モリスによれば、サッカーのゴールは狩猟における獲物。

 

 つまりは獲物を得たことによる歓喜が、あの派手な、ともすれば祭祀的舞踊の色合いをすら感じさせるパフォーマンスにつながっていると言える。

 

 そう考えるとつじつまはちょっとだけ合う。

 

 かつて人間は狩猟し、獲物を屠殺した。

 

 その時代の人間は、生きていく必要に迫られ、狩猟や闘争を行ない、殺りくを繰り返すが、一方でその残忍さもよく体感していた。

 

 だからこそ、同じ闘争や狩猟でも、ルールの枠組みを作って「スポーツ」というものを発明し、だからこそ実際の殺りくの際に感じる、ある種の「高揚」を非理性的かつ非紳士的な「忌むべきもの」として戒めた。

 

 これは相撲や剣道も変わらない。かつては本当に素手で殴り殺し、真剣で人を斬っていたのだ。

 

 そう、かつての人間はスポーツに、現実の血なまぐさい生活とはかけ離れた「非リアルなもの=理性により律される美しい人間の姿」を見出していた。

 

 しかし日常から「殺りく」が消えた現代では、逆にスポーツに「太古の狩猟や闘争で味わった高揚」を求めている。

 

 リアルとバーチャルの問題もそうだが、人間の生活が生物としてのリアリティを失うにしたがい、われわれの感情のベクトルも、重層的な感覚ギャップの中で「倒錯」し始める。

 

 この巨大な文明の中で、この先人間は、一体どんな生物に変貌していくのだろうか…。

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