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防災歳時記4月29日 昭和の日と激動の時代

1歳当時の迪宮裕仁親王(1902年 原典:朝日新聞社「週刊20世紀 皇室の100年)

 今日4月29日は「昭和の日」。つまり昭和天皇の旧天皇誕生日にあたる。

 

 国民の祝日に関する法律によれば、その主旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」とされている。

 

 その主旨どおり、昭和天皇が生きられた「昭和」は、まさに激動の時代だった。

 

 昭和天皇がお生まれになったのは、今から113年前、1901年(明治34年)の今日4月29日。

 

 幼少期の称号は迪宮(みちのみや)

 

 7歳で学習院初等科に入学したが、迪宮の教育を担当した当時の学習院院長は乃木希典陸軍大将。

 

 まさに昭和天皇の幼少期は「明治」の時代だった。

 

 そして11歳で皇太子に、さらに短命だった大正時代があっという間に過ぎ、20歳で摂政に就任、25歳の若さで践阼(せんそ 天皇の位を受け継ぐこと)し、長い昭和の時代が幕を開けた。

 そこからはご存知のように、日本は戦争へと急激に傾斜していく。

 

 御前会議で開戦が決定された時は昭和天皇 40歳。

 

 そして終戦。その後の日本は、今度は戦後復興から高度経済成長の時代へと突き進んでいく。

 

 テレビの時代を迎えたころ、記者会見で「どんな番組をごらんになるか?」と質問され、昭和天皇は「放送会社の競争がはなはだ激しいので、今ここでどういう番組が好きかという事はお答えできません」と冗談まじりに返したが、本当は水戸黄門や刑事コロンボがお好きだったようだ。

 

 戦前・戦中・戦後とめまぐるしく変わる時代。

 

 今思い返しても、昭和40年代初頭までの日本は、路地裏ではお椀とお箸だけを持って近所の家でご飯をもらう子どもの姿が見られ、街頭テレビに人が群れをなし、まさに映画「三丁目の夕陽」の世界が普通に展開していた。

 

 それが昭和50年代に入ると、あっと言う間に、マクドナルドやデニーズなど米国の外食産業が上陸するなど、日本人の生活は突然それまでの「ごはん・味噌汁の生活」から一変した。

 

 最初は「コーヒーおかわり自由」にびっくりし、とてつもなく新鮮な「欧米な息吹き」を感じたものだった。

 

 そしてそこから、「現在の日本の原型」ができるまでは本当に早かった。CDが生まれ、自動改札ができ、携帯電話が普及し…

 

 「昭和時代」の後半に生まれた者にとって、当時の日本の進歩するスピードがあまりにめまぐるしかったためか、平成の時代は、昭和に比べて「進歩のスピード」が停滞しているようにすら感じられてならない。

 

 武士の時代から文明開化の一途をたどった明治時代を経験した人々にとっても、平和だった大正時代や昭和初期の時代は、同じように「停滞の時代」と映っていたかもしれない。

 

 近現代の歴史を振り返れば、「変革」と「停滞」の時代はどうも交互にやってくるようだ。

 

 激動の時代「昭和」が終わって、はや25年。

 

 最近の国際情勢を思う時、そろそろまた日本には「めまぐるしい変革」の時代が到来しようとしているのかと、少しばかり不安になる。

 

 改めて祝日の主旨どおり、今日は昭和の時代を顧み、「国の将来」に思いをいたそう。

昭和天皇の全国巡幸(1949年 原典:毎日新聞社「昭和史第13巻 廃墟と欠乏」

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