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真に学ぶべき教訓は実体験にある

【連載】東日本大震災 被災地のリアル

プロローグ...

 想定外の巨大地震。一通りの防災知識は身につけたつもりでも、体験なき者にはリアルにその状況を想像することすら難しい。

『本当の教訓』は、たいてい教科書には載っていない。我々が知っている知識は、その時どれだけ役に立つものなのか?

 

 この連載では、ベストセラー『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』、『ふたたび、ここから』を執筆したジャーナリスト池上正樹とフォトジャーナリスト加藤順子が、実際に被災地を取材する中で感じた、さまざまな「被災地のリアル」を伝える。

そこから「被災するという事」をリアルに感じ、その日のために大切な教訓を学びとってほしい。

 

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 文/池上正樹 文・写真/加藤順子

第10回 仮設住宅のリアル

 

人はパンのみに生きるにあらず

 サラリーマンを勤め上げ、定年退職したとたん、父親がボケた。

 

「仕事以外にこれと言った趣味もない人だから……」

 

 「働きアリ」のように働いてきた企業戦士の男性にはよくある話だが、本当に男は「働くぐらいしか能がない」から、仕事をリタイアするとボケるのか?

 

「人はパンのみに生きるにあらず」

 

 じゃ、人生は何のために?仕事?趣味?名誉?豊かな生活?

 

 いや、父親は「働くぐらいしか能がない」からボケたんじゃない。「働く必要がなくなった」からボケたのだ。

 

 人の一生は、いや生き物の一生は「他者のために生きる」ことこそが本質かもしれない。「人のためにある自分」を見失った時、人は生きることの大切な目的をも見失う。

 

 その後父親は、偶然 近所の女子大から非常勤講師の声がかかり、若い女の子から「先生、先生」と呼ばれ鼻の下を伸ばすうちにすっかりボケも直って、回りの人間が持て余す、いわゆる「かくしゃくとした老人」に見事 変貌した。

 

 閑話休題。

大災害が人から奪うものは、愛する人の命や財産だけでじゃない。生き残った人の大切な「人生の目的」すら奪うこともあるのだ。

仮設住宅で『引きこもり』

 前々回の当コラムで、震災は、澱んだままだった家族関係に変化を起こすきっかけを作ったという話を紹介した。

 

 その一方で、元々は、普通に社会生活を送っていたのに、震災後、仮設住宅に入居してから、外に出なくなってしまって、「引きこもり」状態になったケースもある。

 

 今回、沿岸部の平坦な土地は、地盤沈下したうえに津波で壊滅的な被害を受けたところが多い。

そこで、仮設住宅は、どうしても山間部の僻地な場所に建てられることが少なくなかった。

交通の便が悪くなり、家族や仕事を失った人たちにしてみれば、そもそも仮設から出る理由がなくなる。

 

 宮城県石巻市の北上川沿いに住んでいたお年寄り男性は、家ごと津波にのみこまれたが、右手で木の枝をつかみ、左手で奥さんと手をつないだまま、じっと耐え続けた。水が引くと、2人で山を越え、民家に助けを求めた。

 

 しかし、割り当てられた仮設住宅は遠くて知り合いもなく、男性は部屋で引きこもりに。支援団体が集会所で催しを開き、妻が誘っても、人と会おうとしなくなったという。

 

 冬の寒さの厳しい東北では、こうした仮設での孤立は深刻だ。将来の生活の見通しが立たず、自ら死を選ぶ事例もいくつか報告されている。彼らは、どうすれば仮設の外に出て来てくれるのか。

震災後、仮設住宅に入居してから、外に出なくなってしまって、「引きこもり」状態になったケースもある(写真と本文の内容は関係ありません)

誰だ!ここに草をおいたのは?!

 宮城県気仙沼市に住む30代の男性も、遠洋漁業から戻ってきたら、友人も家も失い、仮設住宅に入ってから、ずっと家に引きこもっていた。

そんな息子の状態を心配した親が、心の問題の専門家に相談したところ、こうアドバイスされたという。

 

「“仮設住宅の周囲に草が生えてきた。草むしりでもしないと、お年寄りたちの身体がダメになっちゃうよ”って、本人に伝えてみてください」

 

 さっそく親は、草むしりの委託業者に相談。そう言って息子を誘うと、本人はあっさり仮設から出てきて、草むしりを始めたのだ。

 

 その仮設住宅には、いつも怒っている有名なクレーマーのおじさんが入居していた。彼は、自分の家の玄関の近くに、草がまとめて置いてあるのを発見。委託業者に向かい、こう怒鳴った。

 

「誰 だ!ここに草を置いたのは?!」

 

委託業者は、クレーマーおじさんに、こう説明した。

 

「実は、引きこもっている子が、やっと外に出られるようになって、草をむしってくれたんです」

「誰 だ!ここに草を置いたのは?!」
「実は、引きこもっている子が、やっと外に出られるようになって、草をむしってくれたんです」(写真と本文の内容は関係ありません)

私は優しい人間になりたい

 ちょうど2011年の七夕の時期だった。

 

すると、クレーマーおじさんは、短冊に「私は優しい人間になりたい」と書いて、管理人の元に持ってきたという。

 

引きこもっていた人が、なんと、クレーマーおじさんまで変えてしまった。

 

おじさんは、いつも自分が被害者だと思って文句を言っていたのに、自分よりも弱い立場の存在に直面し、その瞬間、変化が起きたのだ。

 

 引きこもる人の多くは、自分のために外に出るのは難しい。しかし、他人のために役立つとなると、話は違ってくる。

 

 変化は、役割やルールを変えることと関係がある。長引く仮設での生活に備えて、孤立状態を防ぐための教訓を学ぶことも重要だ。

クレーマーおじさんは、短冊に「私は優しい人間になりたい」と書いて、管理人の元に持ってきたという(写真と本文の内容は関係ありません)

池上 正樹

池上 正樹
ジャーナリスト
1962年生まれ。大学卒業後、通信社の勤務を経て、フリーに。雑誌やネットメディアなどで、主に「心」や「街」をテーマに執筆。1997年から日本の「ひきこもり」現象を追いかけ始める。東日本大震災後は、被災地に入り、震災と「ひきこもり」の関係を調査。最新刊は『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。他に『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』(宝島社新書)、『ふたたび、ここから~東日本大震災、石巻の人たちの50日間~』(ポプラ社)など。

加藤 順子

加藤 順子
フォトジャーナリスト、気象予報士
気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。

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