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真に学ぶべき教訓は実体験にある

【連載】東日本大震災 被災地のリアル

プロローグ...

 想定外の巨大地震。一通りの防災知識は身につけたつもりでも、体験なき者にはリアルにその状況を想像することすら難しい。

『本当の教訓』は、たいてい教科書には載っていない。我々が知っている知識は、その時どれだけ役に立つものなのか?

 

 この連載では、ベストセラー『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』、『ふたたび、ここから』を執筆したジャーナリスト池上正樹とフォトジャーナリスト加藤順子が、実際に被災地を取材する中で感じた、さまざまな「被災地のリアル」を伝える。

そこから「被災するという事」をリアルに感じ、その日のために大切な教訓を学びとってほしい。

 

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 文/池上正樹 文・写真/加藤順子

第7回 タンス預金のリアル

 

 南海トラフ巨大地震の経済的損失は最大で約220兆円。

政府の発表した見通しは、まさに『天文学的数字』。

こんな時に、自分の大事な預金はATMや銀行の窓口で本当に引き出せるんだろうか?

『モラトリアム=支払猶予』なんてことにはならないか?

 

それなら、半分を『海外預金』にした方が?でもアメリカの銀行なら安全なのか?

いやいっそ金に替えて『貸金庫』に預けるってのはどうだ…。

 

 持たざる者には縁遠い『リスク分散』の悩みだが、持たざる者だって、『全く持っていない』わけじゃない。

ほら、ご主人に秘密のあの『へそくり』とか、「いつか海外旅行に…」って毎日500円づつ貯めている棚の上の貯金箱とか…。

 

でも大災害の時に、そんな『タンス預金』がどうなるか、考えたことはありますか?

今回は、『持たざる者』ではあるが『全く持っていない者』ではない、そんなあなたのためのリアルだ。

命はかろうじて…

 命の次に大事なものは、被災後をサバイバルする上で、お金ということになるのか。金融機関にお金を預けておくと、いざ何かあったときに引き出せなくなるかもしれない。

そんな危機意識から、自宅の中や庭などにそっと“タンス貯金”している人たちもいることだろう。

 しかし、今回の震災では、そうしたタンス貯金の多くが、自宅とともに津波で流されることになった。

 

 石巻市に住むTさんの自宅は、天井付近まで津波が押し寄せて、1階が丸々浸水。地震の後、1階の台所で壊れた皿などを片付けていたTさんは、津波の勢いでドアが閉まったために逃げ遅れ、部屋に閉じ込められた。

 

 しかし、かろうじて天井の隙間に浮かび上がり、ドアの横のダッシュボードを破って、映画の『ポセイドンアドベンチャー』ばりに真っ黒な水中を手探りで泳ぎ、2階に上がる階段の手すりをつかむことができた。

男性の自宅は1階の天井を超える高さまで浸水した
(撮影:加藤順子)

300万円のタンス預金が津波に

 その後、Tさんは1人、自宅の2階に取り残されて避難所に入ることもなかった。それでも食糧は、お金さえ持っていれば、流されなかった自転車に乗って買い物に行くことができる。

ただ、こんなときのために、文字通りタンスの中にしまっていた300万円の貯金を流された。

 

「会社で茶色い封筒を作るでしょ。それさ入れて、ナイロンさ入れて、セロテープで貼って、泥棒さ来られるから、300万円を30万円ずつ分けてしまっていたんだ。そしたら、軽いから、あっち(内陸側)へ流れたんだね」

 

 Tさんは、自分で周辺を探し歩いて、300万円のうち90万円を見つけ出した。しかし、残りはどうしても見つからない。

最後にはあきらめて、友人たち6人を呼んで、こう声をかけた。

見つけたら15万円あげるよ

「1つの封筒に30万円ずつ入っているから、見つけたら、15万円あげるよ」

 

 すると、1週間ほどして、男性が30万円の入った封筒を持ってきたという。

 

「正直な人がいるね。中を開けないでね。“Tさん、これ、お金でねえのかな”って、夜の8時過ぎになって、下から呼ぶんですよ」

 

 男性は津波が来てから朝晩、散歩していた。「どこで見つけたの?」って聞くと、内陸側にある「小学校の田んぼ」と答えたという。

 その年の5月に入って、別の60歳代のお母さんも、封筒の中を開けることもなく持ってきてくれた。

小学校の向かいの木の枝に、封筒がぶら下がっていたという。

発災から2週間後の男性の自宅付近の様子
(撮影:加藤順子)

半分の150万円が戻ってきた…

 もちろん、封筒に名前を書いていたわけではない。その特徴を6人に伝えただけだ。

 

「持ってこない人もいるんでねえの。私は6人さ言ったけど(笑)」

 

 それでも、半分の150万円が戻ってきて、そのうち15万円ずつ30万円を2人にお礼として渡した。

 

 半額を報酬として約束することで、流された貯金の半額を取り戻すことができたのは、賢明な判断だったかもしれない。

正直に届けてくれる人がいてくれて、「世の中、まだ捨てたものではない」とも思う。

 

 来たるべき大地震い備えて、貯金をどのように守るのがいいのか、日頃から考えておくことも必要かもしれない。

池上 正樹

池上 正樹
ジャーナリスト
1962年生まれ。大学卒業後、通信社の勤務を経て、フリーに。雑誌やネットメディアなどで、主に「心」や「街」をテーマに執筆。1997年から日本の「ひきこもり」現象を追いかけ始める。東日本大震災後は、被災地に入り、震災と「ひきこもり」の関係を調査。最新刊は『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。他に『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』(宝島社新書)、『ふたたび、ここから~東日本大震災、石巻の人たちの50日間~』(ポプラ社)など。

加藤 順子

加藤 順子
フォトジャーナリスト、気象予報士
気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。

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