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真に学ぶべき教訓は実体験にある

【連載】東日本大震災 被災地のリアル

プロローグ...

 想定外の巨大地震。一通りの防災知識は身につけたつもりでも、体験なき者にはリアルにその状況を想像することすら難しい。

『本当の教訓』は、たいてい教科書には載っていない。我々が知っている知識は、その時どれだけ役に立つものなのか?

 

 この連載では、ベストセラー『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』、『ふたたび、ここから』を執筆したジャーナリスト池上正樹とフォトジャーナリスト加藤順子が、実際に被災地を取材する中で感じた、さまざまな「被災地のリアル」を伝える。

そこから「被災するという事」をリアルに感じ、その日のために大切な教訓を学びとってほしい。

 

『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』 文/池上正樹 文・写真/加藤順子

第8回 家族関係のリアル

 

 パニック映画の古典的名作「スピード」のラストシーンで、サンドラ・ブロックがキアヌ・リーブスに言う名セリフ。

 

「異常な状況で生まれた恋は長続きしないんだって」(I hope not because relationships that start under intense circumstances never last.)

 

「恋が長続きしない」かどうかはともかくとして、この言葉には一つの真実がある。

それは、「異常な状況は、それまでの人間関係を変えるきっかけにもなる」と言うこと。


 もちろん、大地震なんか来てもらっちゃ困る。悲しい事がいっぱい起きる。

しかし、「人間関係が好転するきっかけ」になることも皆無?ではないらしい。

 

 『何かが壊れる瞬間』とは、また『壊れていた何かが元に戻る瞬間』でもあるのか……。

「ひきこもり」は「災害弱者」に

 長年、人知れず親子関係などで悩みを抱えている家族は少なくない。その多くは、依存症や虐待、不登校、ひきこもりなどの心の問題からくる家庭内の澱んだ関係だ。

 

 日頃から「ひきこもり」などの心の問題を取材してきた筆者は、東北の被災地を取材するうち、あるパターンに気がついた。

 

 心の傷ついた人たちは、津波が来るとわかっていても避難できない「災害弱者」になり得る。

実際、岩手県の40歳代の男性は、母親が「逃げろ」と再三呼びかけても、引きこもっていた自室から出てこなかった。

 

同じような事例は何件も報告されているが、たまたま生還した男性は「避難所の人間関係のほうが(津波より)怖かった」と話していたという。

ひきこもっている人の中には、津波の怖さよりも、避難で家の外に出ることや避難所生活のの怖さがまさる人も少なくない(撮影:加藤順子 本文とは関係ありません)

澱んだ家族関係をリセット

 一方で、震災は、澱んだままだった家族関係をリセットするチャンスにもなった。

 

 宮城県に住むある中学生は、ずっと不登校のまま家にひきこもっていた。地震が起きたとき、家に両親は不在。

 

中学生は、近くの幼稚園に妹を迎えに行き、そのまま避難所に連れて行った。

 

すると、避難所にいた年寄りたちから頼まれて、マットや物資の運搬などを手伝う流れになり、班のリーダーにも任命。

 

しかし、避難所が落ち着いてくると「やっぱり周りに誰もいないほうがいい」と言って、再びひきこもる生活に戻ってしまった。

支援団体の支援物資倉庫。ここでも引きこもりの当事者が活躍していた(撮影:加藤順子 本文とは関係ありません)

ゴミ袋が20袋 『開かずの部屋』が開いた

  宮城県内の自宅の2階でひきこもっていた20代の男性は、震災後、2階から下りてきた。

停電の間、家族はロウソクの灯を灯し、久しぶりに家族が一緒に団欒。ひと部屋に身を寄せると布団を敷いて、ラジオを聞きながら過ごした。

 

それまで、親子は長年、断絶状態で、息子の部屋に入ることもできずにいた。

 

 電気などのライフラインが復旧すると、息子はまた自分の部屋に戻っていったが、親が「2階は危ないから…」と伝えると、夕食だけは毎日、一緒に食べるようになったという。

 

保険会社が家屋の被害状況の調査に来るため、母親が息子に「全部の部屋を検査しないといけないみたいよ」と伝えると、息子は数日かけて自分の部屋をきれいに片づけた。

 

部屋からは、何年にもわたるゴミ袋が約20袋も出てきた。緊急事態によって、ゴミ袋でいっぱいの「開かずの部屋」が、きれいに片付いたのだ。

 

 やはり宮城県内の30歳代のひきこもり男性は、震災後、給水車のところへ行って、家族のために水を運んできた。

 

父親が「地震で腰を痛めて動けない」と訴えると、本人が自ら給水車の元へと走り、並んでいる間、隣のおばさんと談笑までしてきたという。

 

長時間並んでいれば、相手から話しかけられる機会も多い。相手に返事をすることで、コミュニケーションの自信もついていく。

給水車に並ぶなど何でもいい。家族や地域の人を支える役割を担ってもらうことは、人と接点を持つきっかけになる(撮影:加藤順子 本文とは関係ありません)

震災は日常の空間をフラット化する

 震災は、日常の空間をフラット化する。

 

自分が劣っていると思っていた人たちにとっては、周りがストンと落ちてきて、みんなと同じになった。

 

避難所で同じ食事をとり、生きるために力を合わせていく対等な立場だ。

そんな非日常の世界では、名前も職業も所属も聞かれることはない。

 

 一方、何か大きなことが起こると「いま動かなければ」という思いが募る。

 

本人も両親も、そのチャンスを狙っていて、何かのきっかけを待っているからだ。しかも、他人のためなら動きやすい。

 

 震災が起きると、どの家庭内でも変化は起きている。

 

家族間でコミュニケーションを取れるようになる機会も増える。重要なことは、そのタイミングを上手く利用できるかどうかだ。

 

震災は、これまでの家族の役割やルールを変える契機にもなり得るのである。

震災時には家族間でコミュニケーションを取れる機会も増える。重要な事は、そのタイミングを上手く利用すること(本文とは関係ありません)

池上 正樹

池上 正樹
ジャーナリスト
1962年生まれ。大学卒業後、通信社の勤務を経て、フリーに。雑誌やネットメディアなどで、主に「心」や「街」をテーマに執筆。1997年から日本の「ひきこもり」現象を追いかけ始める。東日本大震災後は、被災地に入り、震災と「ひきこもり」の関係を調査。最新刊は『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。他に『ドキュメント ひきこもり~「長期化」と「高年齢化」の実態~』(宝島社新書)、『ふたたび、ここから~東日本大震災、石巻の人たちの50日間~』(ポプラ社)など。

加藤 順子

加藤 順子
フォトジャーナリスト、気象予報士
気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。

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