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アレキサンダー大王 ギランバレー症だった!「死亡推定日」には生きていた?

アレキサンダー大王(Wikimedia Commons)

 

 紀元前4世紀、ギリシャ北部のマケドニアから東方遠征を行い、たった10年でペルシャ帝国を滅ぼして、インダス河を超えたアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の死について、ニュージーランドの研究者がついに原因を突き止めた!

ペルシア制圧も32歳で死去

 アレキサンダー大王は、マケドニア国王のもとに生まれ、十代で哲学者アリストテレスに学び、20歳で父王の跡を継いでマケドニア王を継承。紀元前334年の東方遠征に先立って、北方のトラキアと南方のギリシャ本土を制圧したのち、同332年にはエジプトを占領し、ナイル河口にアレクサンドリア市を建設。

 

 翌年、ダレイオス3世が率いるペルシア軍10万を打ち破り、帝国を滅亡させたあとは、各地にアレクサンドリア市を建設しながら進軍を続け、同323年、ついにバビロンに帰還し、ペルシア、マケドニア、ギリシャの3地域を帝国に再編。その矢先に高熱に倒れ、10日後に32歳の若さで死去した。

ギリシャ出発からわずか10年でペルシア帝国を滅亡させたアレキサンダー大王だが、最期はあっけなかった(Wikimedia Commons)

真説登場…なるか?

 大王の死をめぐっては、毒を盛られて暗殺されたとか、マラリアや西ナイル熱などの病死説のほか、ハチに刺されたなど、さまざまな説があるが、比較的最近の2014年に発表された論文では、強心剤や下剤などとして使われていた植物「ヘレボルス(クリスマスローズ)」の処方量を誤って、中毒を起こした可能性があると指摘されている。

 

 この論争に終止符を打つべく、オタゴ大学医学部の臨床医キャサリン・ホール(Katherine Hall)医学博士は、『The Ancient History Bulletin(古代史紀要)』に最新の見解を発表。

 

 古代ギリシャ人が残した大王の死に関する文献を解読したホール博士は、「死の間際で高熱に浮かされ、麻痺と痛みに苦しんでいるにもかかわらず、大王は最後まで正気を保っていた」という描写に注目。運動神経に障害が起こり、手足の筋肉に力が入らなくなる「ギランバレー症候群」が引き起こした麻痺の可能性が高いと結論づけた。

オタゴ大学のキャサリーン・ホール医学博士(Univ.of OTAGO/Department of General Practice and Rural Health)

墓は見つかっておらず…

 ギランバレー症候群は、人口10万人あたり1〜2人の確率で発症する難病で、日本では2009年に女優、大原麗子さんが亡くなったことで一躍知られるようになった。食中毒を起こすカンピロバクターや、免疫低下をもたらすサイトメガロウイルスと関連性が疑われているが、正確な原因はわかっておらず、解明に向けて研究が進められている。

 

 ホール博士は、古代ギリシャ人が大王を“神の化身”だと信じた根拠となった「遺体は、死後6日が過ぎても腐ることなく、眠っているようだった」という記述についても、「全身麻痺と体温低下により、死んだと考えられていた時点では、大王がまだ生きていた可能性があります」と指摘したうえで、「病床に倒れ10日で死んだ」という従来の説を否定した。

 

 大王をめぐっては2018年7月、エジプトのアレキサンドリア市で全長2.7メートルの巨大な石棺が発掘され、「墓発見か」と期待されたが、中から出てきたのは悪臭を放つ汚水ばかりと、いまだに発見には至っていない。

大王の墓はまだ見つかっていない(オタゴ大学)

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