我々が乗る航空機のエンジンには「逆推力装置」という機能が付いている。
読んで字の如く、前へ進もうとする飛行機のエンジンを逆方向に働かせる減速装置で、普通は空港に着陸後、スピードを落として滑走距離を縮めるために用いられる。
逆噴射装置とも呼ばれており、飛行機の着陸時、タイヤが地面に接地するのとほぼ同時に「ゴォオオオ」とエンジン音が高まるのがソレだ。
そこで一つ怖い質問を。
飛行中の旅客機でこの逆噴射をフルパワーで稼働させたらどうなるか?
当然ながら急激に推進力は落ち、いずれは墜落してしまうだろう。子供でもわかる理屈である。
しかし、1982年の今日2月9日、他ならぬJALのキャプテン(機長)が着陸前にこの逆噴射を働かせ、羽田沖に旅客機を自ら墜落させるという前代未聞の事故が発生した。
1982年2月9日、午前7時34分に福岡を飛び立ち羽田へ向かったJAL(DC-8)350便には、166名の乗客と8名の乗務員が乗っていた。
その旅客機が羽田沖へ墜落したのは午前8時44分。結果、24名が亡くなり、149名が重軽傷を負った。
事故直後、墜落の原因は機体の老朽化などが考えられたが、事実ははるかに恐ろしいものだった。
滑走路の手前で機長が突如「逆噴射」を行いながら機首を下に向け、そのまま海へ突っ込んだのである。自殺行為以外の何ものでもない。
「キャプテン、止めてください!」
この声は、墜落直前まで機長の凶行を制止しようとしていた副操縦士のセリフである。
まさしく機長の心身が壊れていたことが容易に想像つくが、そもそもなぜこのような人物が操縦桿を握ることが許されたのか。
機長は、以前から異常な言動や操縦を行っており、事故前日にも航空機を急角度で旋回して乗客からクレームを言い渡されていたという。
それでも、すべてが黙殺されていた。
理由としては、当時のJALでは、副操縦士が上司にあたる機長を告げ口するような真似はできなかったと考えられている。
機長は事故後、妄想性精神分裂症と診断されて不起訴処分になっている。事故に巻き込まれた被害者ならびにその遺族にとっては怒りの収まらない話であろう。
そして当時のJALもその後、1985年8月に御巣鷹山の悲劇を起こし、それから約25年後の2010年1月に会社更生法を申請して倒産。今では新生日本航空として東京証券取引所にも再上場を果たし、新たな道を歩み続けている。
現在、飛行中に逆噴射のできるDC-8のような機材はなく、羽田沖墜落事故のような悲劇が起こる可能性はないという。
しかし我々が信じたいのはハイテク化した飛行機の性能ではない。機長の奇行が放置されずにきちんと管理されている、新生日本航空の社内体制だ。