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防災歳時記4月16日 少年よ大志を抱け!とベンチャー宣言

ウィリアム・スミス・クラーク(1826年 - 1886年)

 今から137年前、1877年(明治10年)の今日4月16日、ウィリアム・スミス・クラークは、ひらりと馬上にまたがると、別れを惜しむ札幌農学校(現北海道大学)の一期生に、「少年よ大志を抱け!(Boys,be ambitious!)」とひと言叫び、馬にむちを入れて、地平線の彼方へと旅立っていった。

 

 こんなクラーク先生、札幌農学校で学生と苦楽を共にし、北海道の農業学の礎を築いていった人なのだろうな、と勝手に思い込んでいたが、実はクラーク先生が日本にいたのは、たった8ヶ月だった。

 

 マサチューセッツ農科大学(現マサチューセッツ大学アマースト校)の学長だったクラーク先生は、明治政府の熱烈な要請を受けて札幌農学校に招聘されるが、本籍のマサチューセッツ農科大学には「1年間の休暇」ということで来日していた。

 

 ちょっと拍子抜けした感もあるが、一方でわずか8ヶ月の滞在で、これほどまでに日本人の心に響く言葉を残せるとは、その影響力たるやおそるべきものがある。

 

 この言葉を胸に刻み、どれだけ多くの人が、チャレンジ精神を発揮し、苦境を克服し、成功していったことだろう。

 

 ところで、日本から母国に帰ったクラーク先生は、その後どうしたのか?

 帰国したクラーク先生はマサチューセッツ農科大学を辞し、「洋上大学」という斬新なプランをぶち上げるが失敗。

 

 その後友人とともに鉱山会社を設立し、一時は成功するものの、ついにはこの会社も破産。

 

 破産後、裁判にかけられるうちに心臓病を患い、寝たきりになり59歳でこの世を去った。

 

 そもそも専攻が「鉱物学」ということもあってか、教職者とはほど遠い「山師的人生」である。

 

 本当に「大志を抱いていた」のは、少年じゃなく本人だ。

 

 実際、「Boys,be ambitious!」の原文は、「Boys,be ambitious like this old man(少年よ、この老人のように大志を抱け)」だったとの説も。

 

 そう、クラーク先生は、自ら範を垂れて、日本の若者に最初の「ベンチャースピリット」を植え付けた御仁なのだ。

 

 14日に、経済産業相の私的懇談会「ベンチャー有識者会議」は、「ベンチャー宣言」をとりまとめた。

 

 そこにはこう書かれている。

 

 

「ヒーローの再認識:挑戦する人になろう、挑戦する人を称えよう」

 


 そうだ!若者だけでなく、ちょっとくたびれた世の経営者諸氏も今こそ声高らかに、クラーク先生の言葉を復唱しよう。

 

 

「Boys,be ambitious like this old man(少年よ、この老人のように大志を抱け)」

さっぽろ羊ヶ丘展望台のクラーク博士像

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